重なってくる唇の柔らかさに、クラリと頭の芯が痺れたようになる。
 なんで?
 相手は男なのに。
 いくら綺麗だっていっても、男だというのに。
 しかも、初対面の相手にいきなりこんなことをするような、最低最悪のエロ親父なのに。
 なんで、こんな……。
「悟空……」
 吐息まじりに囁くような声が耳を打つ。
 触れ合うほど近くで囁かれて、熱い吐息が唇にかかる。
 その声に。
 その熱さに。
 頭の芯はますます痺れ、眩暈を起こしそうになる。
 乾いて、ただ重なるだけだった唇を、軽く舐められる。
 しっとりとした感触にびっくりして、反射的に頭を振って振りほどこうとしたのを、顎を固定されて防がれる。
 そのまま、唇の間を割って舌が侵入してくる。
 途端に感じる――ヘンな味。
「……や……っ!」
 力一杯、押しのける。
 だって。
「ま……ずい……」
 苦い……というのとは、ちょっと違う。ただ単に不味い。これって、煙草――?
 顔をしかめてそんなことを思っていたら、クスリという笑い声が聞こえた。
「ガキ」
「なにを……っ!」
 むっとしたところに、また唇が重なる。
 やだ。
 不味いのは嫌いだ。
 そう思って、もう一度押しのけようとするが、今度は全然動かない。
 もともと上から圧しかかれていて、あまり体の自由がきかないのだ。
 それでも、どうにか逃れようとしているうちに、口の中に入り込んできた舌が絡んできた。
「……っ!」
 すっかり口のことを忘れていたのに、それで引き戻される。
 引き戻されるとともに、口の中に自分のものではないものが入り込んでいることに、気持ち悪さを覚える。
 不味いし、気持ち悪い。
 そう感じているのは事実。
 なのに。
 どうしてだろう。
 ゆっくりと口内を探るように動く舌に、吸いつくような唇に、軽くたてられる歯に、また頭の芯が痺れたようになっていく。
 甘い――。
 そんなはずはないのに、そんな風にも感じる。
「……ん、ふっ……」
 何度か唇がずらされて、そのタイミングを見計って息をしようとしたら、ヘンな声が出た。
 ひどく頼りなげな、それでいてとてつもなく恥かしさを感じる声。
 クチュクチュと、舌が絡まる音や唇が吸われる音も耳に響いてきて、なんだかいたたまれない感じがする。
 だけど、その一方で、甘く痺れるような感覚は続いていて。
 ともすれば、他のことなどどうでもよくなってしまいそうになる。
 なんだろう。
 なんだかヘンだ。
 とてもヘンな感じ。
 くらくらと甘く痺れる感覚に攫われそうになったとき。
「ひゃ、あんっ!」
 突然、強い刺激が、下腹部から体を突き抜けていった。
「キスだけで、こんなになってるのか?」
 触ったところの、形を確かめるように、指が這っていく。
 ゾクリと背中が震え、その部分に感覚が集まっていく。
「やあっ、やめてっ」
「やめてほしいのか? 気持ち良いだろうに」
 意地悪そうな声とともに軽く握られる。
「ふあぁんっ」
 どうしようもないほどの強い感覚がまた背中を走っていく。
「それにしても凝ってるな。下着まで女物か?」
 手の動きが握り込むようになり、そのまま絡みつくように上下に動かされる。
「あっ、あっ、あぁっ、やあぁぁっ」
 思わず目の前にある肩にしがみつく。
 それまであまり気にならなかった下着のレースの部分が敏感な部分に触れて擦れて、痛いようなむず痒いような、微妙な感覚を生み出す。
「やんっ、やだ、も、やめ……てぇっ」
「嫌がっているようには見えねぇが。ここも」
 軽く目じりにキスが落とされる。
「ここも、喜んで涙を流してる」
 少し下着を下げられて、先端の部分が露にされ、その部分をぎゅっと押された。
「ああぁっ」
 目の前が一瞬白くなって、意識が飛びそうになる。
 ビクン、と大きく体が跳ねた。
「……すごいな。あれだけでイッたのか?」
 せわしなく呼吸をしていたら、耳元で囁き声がした。
「感じやすいんだな」
 笑いを含んだ声に、カッと頬が赤くなるのが、自分でもわかった。
 キッと男を睨みつける。
 だが。
 それも、長くは続かない。
 急に、涙が溢れてきた。
 恥かしくて、情けなくて、どうしようもなくなって。
 ぼろぼろと零れ落ちる涙は止まらなくて、泣いていること自体も恥かしくて、横を向く。
 カッコ悪い。
 そう思うけど、涙は止まらない。
 しばらくそうやってぐずぐずと泣いていたら、ふっと男がため息をつくのが聞こえた。
 同時にふわりと体が浮き上がる。
「な、なに?!」
「そんなに怯えるな」
 男の顔に苦笑じみたものが浮かぶ。
「萎えた」
「へ?」
「もうなにもしねぇから安心しろと言ってる」
 そう言って男が扉を開けた先は――。
「バスルーム?」
「そのままでいいって言うなら構わないがな」
 床に下ろされると、内腿をドロリとしたものが伝い落ちてくるのがわかった。
 顔が赤くなる。
「着替え、適当に用意しておく。連絡もしてやるから、シャワー浴びたらさっさと帰れ」
 その言葉に、突然、我に返った。
「やだっ」
 反射的に答える。
 男がむっとしたような表情を浮かべた。
「だって、行かなきゃ。天ちゃんも、ケン兄ちゃんもダメなんだもん。ましてや、金蝉を行かせるわけにいかない」
「……なんのことかわからんが、な。どこかに行くにしても、そんな格好で行くのか?」
 向けられた視線。
 汚してしまった服。
「これは、あんたが悪いんだろっ」
「泣いたり、怒ったり、忙しいことだな」
 呆れたように、でも、どこか楽しげに男が言う。
「そういう格好のがいいのか?」
「え……?」
「着替え、そういう格好のがいいなら、そういうのを用意してやるよ」
「なんで?」
「俺のせいなんだろ?」
「でも、だって……」
 混乱する。
 帰れ、というからには敵ではないんだろうけど。
「たまたま目の前を歩いていたから連れてきただけだ。お前がなにをしようが俺には関係ねぇ」
「連れ戻せとか言われてないの?」
「別に。だいたい、俺に命令できるのは俺だけだ」
 男は不敵な笑みを浮かべる。
「あんた……」
「あんた、じゃねぇ。三蔵だ」
「さんぞう……」
 口の中で繰り返す。
 三蔵――。
「一体、なにものなの?」
 まっすぐに見つめて問いかける。
 金蝉と同じ、金糸の髪、アメジストの瞳。
 こんな綺麗な容姿を持つ人が二人といるとは思わなかった。
「さあな」
 クスリと笑ってはぐらかされる。
 あしらわれた感じがして、機嫌が急降下する。
「あのね……っ」
 勢い込んで言おうとしたところ。
 腕を掴まれて、引き寄せられた。
 唇を塞がれる。
 つい先ほど、覚え込まされたキス。
 濃厚な、オトナのキス。
 ――これは、嫌いじゃない。
 ヘンな味なのに、頭の隅でそう思う。
 絡める舌同士がたてる音はひどく恥かしさを覚えるものだけど、甘く痺れていく感覚は、嫌じゃない。
 やがて、軽く上唇を食まれて、唇が離れていく。
「反応は悪くない。早くオトナになって、全部、味あわせろよ」
「な……っ」
 耳元で囁かれた甘く低い声に、頭に血が上る。
 扉が閉まる前にクスリと笑った三蔵の顔が見えた。
 全部、って――。
 いつか、俺はあの人のものになる――?
 先ほどまでの感触がまざまざと蘇ってきて、いまさらながら腰が抜けて、その場に座り込みそうになった。


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