見上げた空で月が泣いていた


三蔵は今、三仏神からの仕事で隣町に出かけている。出掛ける時、多分そう簡単には帰れないだろうと漏らした言葉どおり、三蔵の不在は今日で7日目になった。
寂しくないといえば嘘になる。でも、大人になったと言うのは過大評価かもしれないし、三蔵には絶対に内緒だけど。俺だってこれでも少しは成長してるつもりだ。
だから以前のように、三蔵が帰ってこないんじゃないかとか、なんで俺を連れて行ってくれないのだ、等々。仕事で出かける三蔵を捕まえて、それこそしつこいくらいに駄々を捏ねたりすることは無い。
仕事が終われば、ちゃんと三蔵は此処に帰ってくる。寺の連中だって、俺がおとなしくさえしていればわざわざ向こうから声をかけることすらしない。道中の危険を思うと不安は残るけど、三蔵は強いから。そんなくだらない相手にやられたりする筈が無い。
波風立てて余計な心配をさせるほうが、よっぽど三蔵には良くないことだって。ちゃんと理解できるし、数日の我慢だってもう慣れっこだった。
だから、今夜も。明日は帰ってこられるんだろうか、なんて考えながら。出された夕飯を一人で食べて、言いつけどおりちゃんと風呂にも入って。やる事もないし、そろそろ寝ようかなと思って。
ふと、窓から見上げた空に
「・・・でっけぇ月。」
目に映った月。
幾度と無く目にする姿と、何ら変わりなく其処にあるはずなのに。なんだか今日に限って、沈む太陽を追いかけるみたいに姿を現した月が・・・どうしてか泣いてるみたいに思えた。
夕闇に染まり始めた空に昇り始めたばかりの月は、天上にあるときよりもひとまわりくらい大きく見えるからかもしれない。
「・・・三蔵のいるとこからも見えるかな。」
側で聞いていたら、あたりまえだろう、と。呆れた、でも優しく笑った声が聞けるのに。三蔵が帰ってから、そんな事があったよと話をすればいいだけの、それで済む些細な事かもしれない。けれど。
何故だか、無性に。どうしても、今すぐ。
それを言いたくて、こうしてただ大人しく帰りを待っているのが我慢できなくなった。
「あのね。すっごく月が綺麗だよ?」
それだけを言って早々に帰ればいい。皆が寝静まった今なら、そして誰もが気付く前に帰りさえすれば。
多分、きっと三蔵は怒るだろうけど。
それこそ今更な事でしかないと、悟空はそっと寺を抜け出した。

例えば。三蔵が何処に出かけるのかを正確に告げたとしても。地理に疎い悟空が正しく理解する事は無い。よしんば理解できたとしても、方向音痴な悟空が辿り着く事は万が一にもないだろう、と。三蔵が思ったかどうかは定かではないが。彼が出かける際、その行き先を悟空に言い残していった事は未だ嘗て一度も無かった。
最初のうちは煩く問いただしたりしたし、言いたくない疚しさが在るのかと拗ねて怒らせたことも少なくは無い。でもそれも、三蔵の性格上説明するのがメンドクサイだけだと理解してからは、悟空もそれを問いただす事はしなくなった。
でもきっと。三蔵は知らない。三蔵が何処にいても、悟空は三蔵のいる場所ならどれほど離れていたって解ってしまうのだと言う事を。
知識とか、理解なんて必要ない。「流石は猿」だと、三蔵が知ったなら、きっとそう言うに違いない。それはまさしく、野生の勘。
暗い闇の中で、ちらちらと輝く光が自分を導いてくれる。三蔵が、聞こえるはずの無い声を聞いてくれるように。自分にとって、それは不思議な事でも何でもないのだ。
そして。
夜明け前に帰り着かなければならない都合を前もって知っていたのではないかと、思わず勘ぐってしまえるほど、三蔵の居場所はあっけない近さだった。
悟空の足で一時間あまり。後先考えずに飛び出してきたものの、これなら予定通りに事が進むと、悟空はほっと胸を撫で下ろした。
たどり着いたのは、隣町にある一軒の家。一言で「家」と言っても、その大きさは一般常識を大きく外れていた。自分達が身を寄せている寺のでかさもさることながら、この家は相当な財力の持ち主であるだろうと頷けるほどの、それは豪華な造りだった。
そう言った家は、例に漏れず夜間の警備も相当に厳しい。こんな夜中に自分のような子供が訪ねて行ったとして、快くあがらせてくれる訳が無い。追い返されるだけならまだしも、騒ぎ立てられでもしたら、三蔵の逆鱗に触れる事は必死だろう。
取り合えず、中の様子と三蔵の居場所を探ってみようかと、悟空は手直にあった大きな木に足をかけた。
「あ。ビンゴ。」
昔から、この手の奇跡に悟空は恵まれている。
まさか、覗いた一回目で、こんなにもすぐに目的の人の姿を見つけられるなんて。これを奇跡といわずなんと言おう。
「さんぞう・・・だあ。」
部屋の窓辺に腰を下ろし、多分、酒でも飲んでいるのだろう。夜空を見上げる人の姿を、悟空の金目が捉えた。この位置からだと、三蔵のいる所まではそれほど近いわけでもない。それでも、悟空の目はしっかりと彼の人の姿を捉えていた。
たった7日でも、悟空には気の遠くなるほどの時間だった。懐かしいとさえ思う気持ちが、今すぐにでも側に行きたいと訴える。だが、もしもと思う不安が、悟空に二の足を踏ませるのだ。
あの部屋にいるかもしれない、誰か、を。
あどけない子供のフリをして、ごめんと謝って。ちょっとついでがあったからとか、上手く言い訳して。
立ち去る勇気なんて・・・自信が無かった。
月が綺麗だなんて。それをただ伝えたい、それは自分を偽る嘘だから。
ちょっとだけ、三蔵の元気な姿を見られたら満足すると思ってた。姿を見たら、次は声が聞きたくなる。声を聞けば、今度はその腕に触りたい。
次々に溢れ出す、醜い己の欲望。最初の一歩を踏み出したら、絶対に我慢できない。そうして、最後に自分は何を言うつもりでいるのだ。「側にいたい」?「一緒に帰ろう」?そんな事をすれば、三蔵の立場を疎んじるだけなのに。
何時までも一緒に、その為に堪えてきた。我慢を強いた、自分の努力までも無に帰す事になりかねない。
飛び出して行きたい気持ちをぐっと堪え、悟空は黙ってその場を去ろうと決心した。
刹那。
「・・・え?」
夜空を見上げていた三蔵の視線が、迷わず自分を見たのだ。いや、彼の方向からこちらを見ることは無理な話。きっと、何気なく視線を彷徨わせた先が此処だったのだろう。悟空は、それを自分勝手な思い込みによる錯覚だと思った。これが何時も三蔵の言う「頭が沸いてる」って事なのかも。今度こそ、立ち去るべく重い腰を上げた悟空の耳に。
「悟空」
聞こえる筈のない、大好きな人の声が聞こえた。空耳まで聞こえたのかといぶかしむ悟空の目に、今度こそ、それが思い込みでは無いと言う事実が映った。
三蔵が、此処に来いと。自分に対してはっきりと、手招きをしているではないか。
此処に至って漸く、悟空はある事実を思い出した。悟空が三蔵の気配を辿る事が出来るように、三蔵も、声無き悟空の思いを正確に読み取る事が出来るのだ。
例えどれほど離れていても、何処にいても。それでは自分のいる位置など、三蔵には筒抜けだと言うことになる。意図してやっている訳ではないのに、それを「煩い」と、よく怒鳴られた事を失念していた。
此処で無視する事は、これはもう意図したことは明らかで。どうにも言い訳は通じないと、悟空は深いため息をつき、覚悟を決めて飛びだした。

「三蔵」
「グッドタイミング。」
開口一番、此処は素直に謝ろうとした悟空の言葉を遮り。
「へ?」
「おまえ、これを片付けろ。」
三蔵が指差した先には、ご馳走の山、山、山。
「なに?!これ???」
三蔵が常日頃から食の細い事は、悟空でなくても彼の近くにいるものなら誰でも知る事だけど。
「三蔵が食べるの?」
知らない者が出した夕飯にしたって、到底ひとりが食す以上の量だろう。
「ふざけんな。」
驚く悟空の目の前で、食べるのかと聞かれた人は心底嫌そうに眉を寄せる。
「疲れたから宴会は辞退すると言ったら、それではごゆっくりと、勝手に置いていきやがったんだよ。」
まったく、見てるだけで吐き気がする。
「兎に角、今すぐこれを食え。食って、俺の目の前からこれを消せ。」
なんだか話がおかしな方向に向かっている気がするのは気のせいだろうか?
まあでも、取り合えず腹は空いてるし。三蔵が食べろというのだから、全然まったく問題は無い訳で。
「んじゃ、遠慮なく♪」
頭の中は目の前に山と成すご馳走の事で、もう一杯。此処に来た目的も、怒られるかもしれないって心配も、悟空の頭の中から一掃されてしまっていた。
「いっただっきま-す!!」
言うが早いか、目の前の山に取り掛かる悟空の姿に、三蔵はくすりと笑いを漏らした。
「遠慮するタマかって-の」

「ふあ-っ・・・腹いっぱい・・もう食えない・・・」
絶対に、ひとり分の許容量を超えていた筈のご馳走の山。悟空が「頂きます」を告げてから、まだそれほどの時間が経った訳ではない。
よくもまあ、アレだけの量を平らげて気持ちが悪くならないもんだ。見てるこっちが気分が悪い。大体これ以上は食えないと言うが、これ以上も何も、食べるものなど見当たらないじゃないか。
何時もなら、此処でそんな呆れた言葉が返ってきた。なのに、相変わらず三蔵の視線は、悟空ではなく窓の外に向けられたまま。
「ごちそうさま・・・?」
怪訝な声の悟空を振り返りもしない。
「・・・月が、綺麗だ。」
そんな三蔵が。それは聞こえるか聞こえないかと言う、ぎりぎりの小さな呟き。
「・・・・!」
小さな声でも、それは三蔵の声だから。悟空の耳に届いた言葉は、忘れていた感情を呼び覚ます。
目の前のエサに吊られてなりを潜めた寂しさが、三蔵の言葉と共に悟空の心を柔らかく抉るのだ。
そんな悟空の姿に。今の今まで笑っていた事さえ忘れ、たった一言で表情を一転させる悟空に、三蔵は深いため息をついた。
まったく、何て顔してやがる。
「お前の考えてる事なんざ、とうにお見通しだってんだよ。」
悟空がそれをどうとったのかは、びくりと竦ませた身体が雄弁に物語っている。
いいから此処に来いと、ぶっきらぼうに手招きされた。今度こそ怒られるのだと、悟空は今にも溢れそうになる涙を必死に堪えた。
ゆっくり近づく悟空を、三蔵はただ黙って待っている。たった数歩が、例えようもなく長い時間に思えた。そうして最後の一歩が踏み出せず、躊躇する悟空に向かって。三蔵の手がふわり持ち上がるのを目の端で捉えた。次に来るだろう叱責を堪えようと、ぎゅっと目を瞑った悟空は
「・・・あ・・」
身体を覆う暖かさに、自分が三蔵の腕の中に抱きしめられたのだと認識する。
「お前だけが抱えてる訳じゃない。」
耳元で呟かれる、それはなんて優しい声だったろう。
「側にいたい、声が聞きたい。触りたいなんて、それは誰でも同じだ。」
だから物分りのいいフリなんてやめちまえ。
甘やかされたことは幾度もあった。でも、こんなのは反則だ。知ってて、こちらからアクションを起こすのを黙って待ってたのだ。この人は。罠とは知らず、それこそ何時怒鳴られるのかとひやひやしてた自分が、なんだかすごく情けなかった。
「喚け、叫べ。嘘くさい笑い顔見せられるより、そっちのほうがまだマシだからな。」
だったら泣けば良いだけの事だと、事も無げに三蔵は言う。それがあんまりにも「三蔵らしく」て、涙が出るより先に笑ってしまった。
いつだって、この人が自分を此処に繋ぎとめる。この思いを何と言うのか、俺は知らない。押さえてきた感情を止める術さえ知らない、それでいいと言うのなら。
「・・・三蔵も同じ月を見てるかなって、思った。」
悟空は、飾る事無く己の言葉をそのまま告げる。月が泣いてると思ったのは、自分の気持ちを重ねていたから。誰かと見てると、本気で疑った訳ではないけど。
「俺が馬鹿みたいに飲んだくれて、浮かれてるとでも思ったか?」
遠まわしな言い方に、言わずに飲み込んだ言葉さえも見抜かれてるような気がした。
「だって。」
「魂胆見え見えな胡散臭い野郎と、香水ぷんぷん匂わせてる女に連日囲まれてる俺の身になってみろ。」
げっそりとした顔で、不機嫌丸出しの三蔵だけど。三仏神の前では嫌な顔ひとつせず、物分りのいいのはお互い様だと悟空は笑う。
「俺も・・・お前なら、きっと今夜の月を見上げてると思った。」
泣きたいくせに泣けなくて。それでも無性に、ただ、あいたかった。冗談めかした言葉とは裏腹に、名前の無い感情でさえ同じだと、三蔵は言う。
「俺に、お前の不安を取り除いてやる事は出来ない。」
世界から切り離された何処かで、たった二人しかいないことを選んでも。何時か必ず別離は来る。
「・・いい。だって、もう俺はちゃんと名前、呼べるもん。」
不安になるのが怖くても、知らなければ良かったとは思わない。貴方がくれる、それががどんなものでも、俺は絶対に忘れない。
「ふん。じゃあ、早速呼んで貰おうじゃないか。」
にやりと笑みを浮かべる、その、したり顔。悟空がしまったと思っても、もう遅い。
「え?ええ??」
「もう7日もお預け喰らってるんだぜ?」
それはこちらも同じこと・・なんて突っ込む余裕もどこへやら。
「さ・・・三蔵っ!此処、だって!ちょっと!!」
まさかそれは幾らなんでも、な展開に追いつけず、悟空の言葉は支離滅裂。
「幸い此処は離れだから、ちょっとやそっとじゃ聞こえない。」
だから安心して鳴けよ?
「そ・・・そう言う事じゃ!・・・・・・」
真っ赤な顔で抗議をする声は、ほくそえむ三蔵の唇に飲み込まれる。
「・・・や・・・んぅ・・・」
柔らかく甘く絡みつく熱に、次第に悟空の思考は流されてしまうのだった。



「・・・・我侭・・・エロ坊主・・・」
「なんか言ったか?猿。」
明けて翌日。ベットに沈没する悟空を後目に、三蔵は朝も早くから咥えタバコで帰り支度を進行中。聞こえないように呟いた声も、地獄耳の三蔵にしっかりと届いていたらしい。それが何時もと微妙に違うと思えたのは、何時もと変わりないセリフを返した口調だった。
「・・・何でもない・・・」
理由を考えると、腹立たしい結果に行き着くのは目に見えて明らかだったので、あえて考えない事にした。が、要するに、滅多にお目にかかれないくらいに機嫌がいいのだ。この人は。
寝起きの悪い事で超有名人な三蔵のクセに・・・などとは、口が裂けたって言えない。言葉で三蔵に勝とうなんて、どだい無理な話なのだ。それを身に染みてよくわかっている悟空は、さっさと戦線を離脱する。
「・・・てか、帰る気満々みたいだけどさ。ちゃんと用事は済んだのかよ?」
これもまた、よくあることなので驚いたりはしないけど。多分三蔵は、相手に黙って姿をくらます気でいるらしい。この様子だと、本当の用事などとっくに終わっているに違いない。あの手この手で、何とか三蔵を引き止めたいと画策する輩は未だ絶える事は無く。三仏神を通しての依頼であるだけに、無下にする事も出来ない三蔵の弱みに付け込んで付け上がって。そんな事をしたら最後、後日倍以上の報復をされるなんて・・・考えてみた事も無いのだろう。それだけ「三蔵法師」という名前に夢見る人は後を絶たない。まったく、知らないと言うのは時に哀れだと。悟空は密かに、溜息をついた。
「んなこと、お前が俺を連れて帰るんだって喚きゃ済むだけの事じゃないか。」
ああ、さいですか。聞いた自分が馬鹿でした。すっかり開き直りを決め込んだ悟空の耳に、未だ嘗て聞いたことのない言葉が降ってきたのはその時だった。
「俺にそんな事を言っていいのは、世界広しと言えどお前だけなんだからな。」
それはもう、世界がひっくり返ったかと思うほどの殺し文句。
「それとも、アレか。」
信じられないセリフに耳まで真っ赤に染まった悟空が、声も出せずに口をパクパク喘いでいる目の前で。
「まだ足りないのか?」
それが何を指しての言葉なのかは、意地の悪い笑みを見れば一目瞭然。
「俺は別に構わないぜ?何なら続きを」
「わ-わ-わ-!!!ほら三蔵っ!さっさと帰らないと、寺の坊主たちが帰りが遅いって騒ぎ出すって!!」
続く言葉を遮り、仲良くなっていたベットから跳ね起きると、悟空はそれまでが嘘みたいな素早さで身支度を整えた。
背後でくすくす笑う声が憎たらしいが、此処で三蔵の機嫌を損ねたら最後、意地でも帰らないといいかねない。此処は我慢我慢!そう自分に言い聞かせる為に拳をぐっと握り締める悟空を知っているのかいないのか。
「支度が出来たんなら出るぞ。」
やはり楽しげな声で、最高僧がそう告げた。

家主に黙って・・・と言うのは、あまりにも非道だと悟空の意見を尊重し、めずらしく書置きを残して。ようやく明るくなり始めた帰路を、ふたりは並んで歩いていた。
空の端っこには、沈みかけて姿が朧になった月がいる。
「そう言えば、お前昨日月が泣いてるとか言ってたな?」
泣いてる、じゃなくて、泣いてるみたいだよと、これは悟空の心の声。ご機嫌な三蔵に無粋な突込みを入れたくは無かったが、こちらは久方ぶりの逢瀬で、未だ身体がだるいのだ。
不機嫌な悟空の横で、不機嫌な理由を知りながら。三蔵は突然に、昨日見事にすっとばしてくれた話の的をついてきた。
「泣いてるとは思わなかったが、アレを見てお前の顔を思い出した。」
騒がしく疎ましい人ごみから抜け出して、逸る気持ちを落ち着かせたくて窓を開けた、その先に月を見つけた時。
「馬鹿面丸出して、時間も忘れて見惚れてるだろうと。」
そう思ったら、いても経ってもいられなくなっている自分に気がついた。
「だから呼んだ、今すぐ来いってな。」
お前、俺の声が聞こえたんだろう?
それはまるで、示し合わせたみたいな答え。
「月が泣いてるみたいってのは、お前を呼ぶ俺の声がそう感じさせたのかもしれない。」
たった7日会えないだけで、何を子供みたいに甘えてるのだと、そう怒るのが常の三蔵であった筈。
プライドが邪魔をして、素直に自分から負けを認めることが出来なくて。寂しいなんて言える筈が無い。だから、自分がこんなにも悟空を求めているのなら、きっとお前も同じ気持ちでいるはずだろうから。
「ずるいなあ・・・」
結局、躍らされたのはこちら側であったと、ようはそう言うことになるのだろうか。
「何とでも言え。」
でも、嬉しかった。三蔵の心が自分と同じ位置にあったという事よりも、側にいて欲しいと、望まれたことが何にも勝った。
「三蔵・・・大好き!」
何時の間にか少しだけ前を歩いていた三蔵のその腕に、悟空はぎゅっと抱きついた。三蔵のご機嫌な理由、それは、悟空の不機嫌な顔さえも愛しいと。
「ああ?沸いてんのか、てめえは。」
嫌そうな顔したって駄目だもん。目が怒ってないのわかってるし。触るのイヤだって、言った事ないのわかってる?
言葉に出さずとも一目瞭然な悟空の態度。えへへと、笑う悟空のとろけるばかりの笑みに、三蔵は想いがきちんと届いた事を知る。
物分りのいい、笑わない悟空を本気で自分が望んでいると思うほうがどうかしている。聞き分けろ、静かにしてろと怒鳴るのなんて建前の、あれはただのコミュニケ−ション。
お前だけが、俺と言う世界を揺るがす事が出来る唯一なのだから。
「ば-か。」
遠慮していた穴埋めるべく、ここぞとばかりに懐く愛しい小猿の手に。重ねた手を強く握り返せば、これ以上は無いくらいに嬉しそうに笑うから。たまにはこんなのも悪くは無いな、と。不埒な笑みを浮かべた三蔵を悟空は知らない。
「じゃあさ!じゃあ早く帰って、朝飯食わないと!」
なのにこの脳天気なお子様は、何を言い出すかと思えば、そんな的外れな事を言い出す有様。もっと場の空気を読んで欲しいとか、これに大人を感じるまでの道のりは遠いらしい。
はあ・・・と大きく肩を落とした三蔵に。
「黙って出てきたし、三蔵と一緒なの見つかったら、結局俺が悪者じゃんか。」
むうと頬を膨らます悟空は、もう三蔵のよく知る悟空だ。
「そりゃ、事実なんだから仕方ねえな。」
諦めろと言い切る三蔵に、悟空は必死に食い下がる。
「それは!三蔵が!!」
「俺が?」
一体何をしたのだ、と。
「〜〜〜!!」
言えるものなら言ってみろ、明らかに開き直った三蔵に。だから言葉で勝てない相手だと、わかっていたのではなかったか。
これは三蔵の心の声。それを言い出したら、最終的に泣き出すのは悟空のほう。なので、敢えて口には出さず。
「まあ、ちょっとくらい飯抜いたって死にはしないから安心しろ。」
「ええっ?!俺だけ?飯抜き?!!!」
ぎゃ-ぎゃ-と騒ぎ立てながら仲良く連れ立って歩くふたりの背後で、今は光に姿さえ消えかかっていた月が、静かに朝の向こうに沈んでいく。
その時の月を悟空が見ていたら、きっと「お月様が笑ってるみたい」だと、満面の笑みを浮かべたかもしれない。
でも、悟空が見ていたのは大好きな太陽だから。
それはきっと、今夜の月を見上げながら、隣で寄り添う人に呟かれる睦言になるのだろう。



高草木にあさま/月華族


身に余る光栄なお言葉とともに、高草木にあさまよりお話をいただきました。もう凄く嬉しかったです。
そして、このお話。寄贈していただきまして、なんと、ウチのサイト限定で閲覧可となっております。凄いでしょ。えへへ。声を大にして自慢しちゃいますっ。
ちょっとは我慢しようとする悟空ちゃんが健気で、それを全部わかってくれる三蔵がカッコよくて、なんとなく切ないような気持ちになりながらも、とても優しい感じがします。こういう雰囲気は大好きで、こんな風にずっと二人で過ごしていけることを願ってやみません。
高草木にあさま、本当にありがとうございました。