篝火草



この思いを受け止めてくれると嬉しい。
でも、初めて知ったこの感情は、思っていたよりもずっと汚くて。
こんな醜い自分を知られるのが怖い。
いつだって、綺麗だから。
穢したくないって思う。


いつも通りにしてるのに。
ふとした瞬間の、仕草に酷くドキッとする。
もう前みたいに、無邪気に纏わり付くことはしなくなった。
だって、体温を感じるだけで酷く心臓が煩く騒ぐから。
「さんぞー、腹減った」
ドタドタと執務室の扉を開ければ、三蔵はその眉間に皺を寄せる。
「煩ぇ、っていつもいってんだろうが!」
怒鳴り声と共にハリセンが振ってきて、俺の頭を直撃した。
「ってぇ〜!」
あまりの勢いに、尻餅までついたりして。
謎だけど、三蔵っていつも何処にハリセン持ってんだ?
「猿、メシにするんだろ?」
見下ろす瞳が綺麗で、見入ってたら置いていかれた。

いつもなら、午後からまた裏山に遊びに行ってたけど、最近は部屋の裏にある樹に登って少しだけ昼寝。
ここなら、三蔵の姿がハッキリと見える。
三蔵の側にいるだけで嬉しいのに、三蔵が他の人と仲が良さそうにしているのは嫌だった。
病気でもないのに、胸の辺りが苦しくなる。
偶に、見てるだけでも苦しくなるけど。
最近、三蔵の事ばっかり考えてる気がする。
これでもう何回目になるのか、数えてないからわからないけどとりあえず溜息一つ。
「……三蔵」
届くはずがないって分かっているけど、何となく名前を呼んでみる。
すると机に向かっていたはずの三蔵が顔をあげ、ほんの少しだけ視線が合った気がした。
それは本当に一瞬で、直ぐに三蔵は書類に向かってしまう。
だから、きっと気のせい。
この樹は、意外にも距離があって三蔵が分かるはずないから。

日増しに、なんだか苦しくなっていく。
だから、思いを受け止めてくれなくてもいいから、告げてみようと思った。



後はもう寝るだけ。
そんな状態で、ベッドの上で枕を抱える。
三蔵はまだお仕事。
思いを告げるか、告げても傍にいていいのか。
ずっと考えていたら、なんだか眠れなくなった。
「はぁ……好きって言ってもいいのかな」
「何の話だ」
突然振ってきた声に、息が止まる。
自分が今何を言ってたかなんて、分からなくなってしまった。
「さん、ぞ」
ひどくゆっくり顔をあげている気がする。
なんだか、三蔵を見るのが怖い。
「仕事、は?」
掠れた声しか出なくて、それでも精一杯に喋る。
「終いだ。それよりさっきのは何だ?」
どうにか話をそらしたい。
でも、三蔵の瞳はそれを許していなかった。
「……三蔵」
「なんだ?」
いつの間にか側に立つ三蔵に、ゆっくりと視線をあわせた。
話をそらせられないなら、伝えてしまおう。
どうか、ちゃんと気持ちが伝わればいい。
「三蔵が……好き」
同じ気持ちを返して欲しいとは、言わないから。
嫌わないで欲しい。
でも、返って来る言葉が怖くて、すぐに視線を外す。
三蔵はそのまま何も言わなくて、なんだかいたたまれない。
そう思って下を向いた。
やっぱり、迷惑だったんだ。
なんだか泣きたくなる。
涙が出そうになって、シーツを握ったら何か暖かいものが顔に触れた。
「悟空」
呼ばれて、顔を上に向かされる。
その時初めて、触れているのは三蔵の手だと分かった。
そっと目を開ければ、すぐ近くに綺麗な紫の瞳。
それがゆっくりと閉じられて、もったいないなって思ったら唇に乾いた感触。
その感触が離れて行くと、また出会う瞳。
「さん……ぞ」
ただただ驚いて、何でそんなことするのか良く分からなくて、見つめることしか出来ない。
「今の、なに?」
聞けば、三蔵は見たことのない優しい顔をした。
「キスだ。好きな相手とする」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
好きな相手とするってことは、三蔵も同じ気持ちでいてくれたってこと。
嬉しくて、三蔵に飛びついた。
「ね、三蔵。もう一回」
甘えて強請れば、三蔵はさっきよりも長いキスをくれた。


砂月空さま/雪蓮花


砂月空さまのサイト「雪蓮花」のオープン記念のフリー小説をいただいてきました。
悟空が可愛らしくて、甘いお話に思わず顔が緩んでしまいます。
篝火花はシクラメンの和名だそうですよ。でもって花言葉は「はにかみ・甘い恋」なんですって。砂月さま、教えてくださってありがとうございます。知ってると2倍楽しめるかな、とここでこっそり(?)ご紹介させていただきました。