good for nothing


ふっと、浮上する意識。
それに逆らうことなく、ゆっくりと瞼が持ち上がりうっすらと金色の輝きが現れる。
こんな風に、夜中に目が覚めることは酷く珍しいことだった。

季節は冬に移り変わろうとし、燃えるような色彩をたたえていた山が次第に色を無くして行く時期。
空にぼんやりと浮かんだ月が柔らかく照らす室内は、肌寒さを覚えさせる。
しかし、傍らに温もりを感じて緩慢な動作で顔を上げれば、穏やかな顔をして眠る三蔵。
その腕はしっかりと悟空の体を抱え込んでいた。
気だるい体をゆっくりと起こし、悟空は隣で眠る愛しい人の寝顔を覗き込む。
体を起こしても外れることのない腕に、悟空は知らず頬を緩ませる。
はらりと落ちた布団から現れた白い肢体には、暗がりでも分かるほどいたるところに赤い花が咲いていた。
悟空は金糸を梳き、長い睫が影を落とす頬をそっと撫でる。
暫くその感触を楽しんでいたのだが、不意に眠りにつく前の出来事を思い出し、吐息のような溜息を漏らした。


それは、他愛もない悪ふざけだったのだ。
昼間、三蔵からの仕事を引き受け、その事後報告に八戒と悟浄がやって来た。
八戒は三蔵の元に報告に行き、その間悟浄は悟空を捕まえてからかっていた。
「お前、本気で女とかに興味ねーの?」
「なんだよ、それ」
八戒がお土産だと置いていった肉まんを頬張りながら、悟空は眉を寄せる。
「まぁ、こんな坊主ばっかりの所じゃ、出会いってのもないだろうけど」
煙草をふかしながら悟浄は、なんなら、お兄さんが気持ちいいコト教えてあげようか、と下品な笑みを浮かべる。
「自分でしたことだってねーんだろ?」
やり方くらい、知ってても損はないぜ、と言いながら灰皿に煙草を押し付け、悟空の手に残っていた最後の一口をさらった。
「なにすんだよっ! 俺のだぞ!」
せっかくの肉まんを取られ、悟空は憤慨しながらも悟浄に掴み掛かる。
伸びてきた腕をやすやすと掴み取り、悟浄は細い腕を自分の方に引き寄せた。
「わっ!!」
いきなり腕を引かれた悟空は、バランスを崩して前のめりになる。
勢いそのまま、悟浄は器用に体勢を入れ替えて今まで自分が腰掛けていた悟空のベッドに小さな体を押し倒した。
「ちょっ、……なんだよっ!」
「まーまー」
最後の一口をとられた上に、いきなりベッドへと体を押し付けられ、悟空はのしかかってくる体をどかそうと暴れる。
「寝技で悟浄サマに勝てると思うなよ?」
楽しそうに笑いながら、悟浄は悟空の腕を掴むと、頭の上で固定し暴れる体を押さえ込む。
「どけってばっ!」
悟空は蹴り落としてやろうと、もがいて足に力を込めた。
その時、悟浄は悟空の長い髪に隠れていた項の、丁度生え際の辺りに赤い跡を見つけて一瞬動きを止める。
「お前……」
悟浄は何かを言おうと口を開いたが、その隙に悟空が見逃すはずも無く、鳩尾の辺りを蹴り上げる。
それと全く同時に、悟浄の鼻先を銃弾が掠め二人は動きを止めた。
今のは、悟空が蹴り上げていなければ確実に悟浄の米神を貫いていた。
人形のようにぎこちなく首を回した悟浄の視線の先には、全く表情のない三蔵の姿。
その表情は、いつも煩いと不機嫌に怒るものとは違い、確実に殺気を湛えて静かな怒りを表す見たこともないもの。
本気で殺される、と冷や汗を流し固まってしまった悟浄を、悟空は自分の上から床へと蹴り落とした。
「悟浄のバカっ!」
ドタン、と鈍い音とともに床に転がった悟浄の上に、悟空の叫び声が降る。
そのまま飛び起きた悟空は、バタバタと部屋を出て行ってしまった。
三蔵の後ろからその様子を見ていた八戒は、まったく、と溜息を落とす。
三蔵は、一瞬部屋を飛び出していく悟空の姿を視線で追ったが、すぐに床に転がる男に戻した。
暫くして、顔を蒼白にし、八戒に引きづられるようにして帰っていく悟浄を見つけ、悟空は深い溜息を吐いた。

その夜、悟空は早いうちから寝室に放り込まれ、今に至る。
自分のせいではないのに、お前が隙だらけだからいけないとか、少しは警戒心を持てだとか言って、酷くしつこかった三蔵に悪態を吐きたくなるも、少なからず嫉妬心を見せたその態度に悟空は悪い気はしなかった。
それでも、やはり割に合わない気持ちはあって、撫でていた頬を軽く抓る。
起きるかとも思ったが、三蔵は小さく呻き声を上げただけだった。
「……エロボーズ」
呟いたところで三蔵には届くことはない。
その声は枯れていて、悟空は顔を顰める。
そうして薄暗い月光の中、自身の体を見下ろして顔を赤くした。
「まったく、どーしてくれるんだよ」
こんなに跡を残して。続く言葉は音になることはなかった。
悟空は三蔵の首筋に掛かる髪をさらりと除ける。
現れた肌に顔を寄せると、唇を這わせきつく吸い上げた。
微妙に髪にも服にも隠れない位置に、小さな赤い花が咲く。
「三蔵も、少しは困ればいいんだ」
頬を赤く染めたままそう呟けば、布団の中に潜り込む。
三蔵の広い胸に擦り寄れば、回されていた腕にほんの少し力が篭った。
起きたのかと、下から顔を覗き込むが聞こえてくるのは規則正しい寝息だけ。
悟空は確かに聞こえてくる心音に身を委ね、もう一度眠りについた。


砂月空さま/雪蓮花


甘々で艶っぽいお話。不幸な悟浄さんと、心の狭い三蔵さま。も、どこをとってもオイシイですね。はぁ。幸せ♪
砂月空さまのブログで「999」を踏んでリクエストさせていただきました。
「1000」を狙っていたんですが惜しくも逃しまして、そう報告したところ、ご自分で「1000」を踏んでしまったので、いかがですか? と。「999」もある意味ゾロ目だし、と言われてその気になったまりえさん。…っていうか、こんなオイシイお申し出、こじつけでもなんでも受けるでしょう、普通(笑)
リクエストは「いたずら」でした。
なんかですね。どうしても、この言葉が頭に渦巻いて、ですね。
good for nothing――英和で調べてみてください。ちょっと面白い意味です。
砂月さま、ステキなお話をどうもありがとうございました。