Tender Rain, let's dance with me.

I'm thinkin' of you.

Miss you much...



Tender Rain




何時もの、寺の裏山。

然程高くないその山の天辺には、大きな菩提樹が小さな黄色い花を幾つも咲かせていた。

その大振りの枝に、今日も座って。

見下ろす参道に、待ち人の姿は見当たらない。

悟空は小さく溜め息を吐いて。

座っていた枝から飛び降りた。

そして、走って山を降りて。

寺を尻目に目指すのは、仮の住まいである悟浄の家。

休まず走って数十分。

見えてきた平屋の庭では、八戒が丁度洗濯物を取り込んでいるところだった。


「八戒、ただいまーっ!」

「お帰りなさい、悟空。夕飯出来てますよ。手を洗ってきてくださいね。」

「うん、分かったっ!」


悟空は悟浄宅のドアを開け、洗面所に真っ直ぐ向かう。

蛇口を捻って水を出し、手を洗おうと身を少し屈めた時。

ふと目に入った、鏡に映る自分の姿。

普段通りの自分。

けれど、どこか冴えない顔をしている。

悟空はまた一つ、小さく溜め息を吐いた。


三蔵が遠方の公務に出かけてから、もう2週間が過ぎた。

当初は一週間程の予定だったけれど、長引いているのか、三蔵は未だ帰ってこない。

三蔵が遠方に暫く公務に出かけるときは、悟空は必ず悟浄宅に預けられていた。

だから、今回もいつも通りなのだけれど。

三蔵が公務に旅立つ前、ちょっとした喧嘩をした。

原因は、何だったか。

とても些細なことだった気がするのだが、その日は偶々、三蔵も悟空も虫の居所が悪く。

三蔵が旅立つ朝も言葉を交わさず、こうして日々が過ぎている。

いつもなら、「いってらっしゃい」と言っていた。

公務に出かけがてら、共に悟浄宅に訪れていた。

三蔵が道の向こう、姿が見えなくなるまで見送っていたのに。

今回は、三蔵が出かけてから起き出して。

自分一人で仕度をして、一人で悟浄宅にやって来た。

一人でやってきた悟空に、八戒も悟浄も少なからず驚いていたようだった。

いつもと違うことは、不安な気持ちにさせられる。

こうして、三蔵が未だ迎えに来ないのだって。

若しかしたら、本当はとうに寺に帰っていて、自分は厄介払いもいいところ、悟浄宅に預けられたまま なのかもしれない、とか。

そんな気になってしまうのだから、困ったものだ。

三蔵は最高僧なのだから。

きっと、あれやこれやとここぞとばかりに仕事を押し付けられているのだろうことは、想像に難くない。

眉間に皺が三割増で刻まれた三蔵の表情を、思い浮かべるだけで、ちょっと笑ってしまう。

そうだ、きっと本当に、忙しいのだ。

そう思いはすれど。

不安になる要因は、他にもう一つ、在る。


「おーい、八戒。降り出したぜー。」


居間の方から、悟浄の声。

「大変!」と慌てて八戒が、残りの洗濯物を取り込みに庭に駆け出していった。

三蔵が出かけてから毎日、夕方になると降り出す雨。

これが、不安を掻き立てる原因だった。

雨は、朝方まで降り続けて。

陽が昇る時間になると、パタリと止むというのが、毎日繰り返されている。

夜に降る雨は、なんだか嫌だ。

雨に対して、特に何も思わない自分がそうなのだから、雨が嫌いな三蔵は、もっと嫌な思いをしているのではないだろうか。

自分の知らないところで、三蔵が嫌な思いをしているのは、嫌だ。

かといって、傍に居たとしても三蔵のために何かしてやれるわけではないのだけれど。

何とはなしに嫌なのだから、仕方がない。

だから、毎日毎日、不安が募っていく。


「おい、猿。いつまで手ェ洗ってんだよ。」


思いを巡らせていたところに、悟浄に声をかけられて。


「……うっせーよ、エロ河童!」


そう悪態を吐くことで、上手く不安を断ち切って。

さて、飯、飯、と悟空は悟浄を押し退けて席に着いた。


「はい、悟空。今日のオカズはハンバーグですよ。沢山作ったから、沢山食べてくださいね。」


嬉しそうに八戒に言われて、悟空も思わず嬉しくなる。


「うん!いっただっきまーす!」


両手を合わせて、挨拶をして。

始まった食事は、その殆どが悟空の腹に収まったのだった。



あれやこれやと考える自分を、三蔵は好きではない。

三蔵が好きではない自分を、悟空はもっと好きではない。


───これ以上考えるのはやめよう。


募っていく一方の不安だから、このままでは頭の先から足の先まで、不安だらけになってしまう。

そんなのは、嫌だ。



風呂上り、タオルで長い髪を不器用に拭きながら、居間に残る悟浄と八戒におやすみを言って。

自分に宛がわれた悟浄の部屋に移動する。

悟空が悟浄宅へ来てから、悟浄が部屋を貸してくれているのだ。

その間、悟浄は居間のソファで寝起きしている。

三蔵と違う煙草の匂いにも、この2週間で慣れてきた。

悟空は髪を拭いていたタオルを椅子の背凭れにかけて。

ベッドに腰掛ければ、小さく軋んだ音を立てた。


「三蔵……。」


ポツリと呟いて、ベッド脇の窓のカーテンを少し開ける。

雨は、降り続けていた。

パラパラと、屋根から落ちる雨粒の音が、静かな室内によく響いていた。


「なんか……。」


雨音が、『淋しい』と言っている気がするのは、自分がそう思っている所為だろうか。


会いたい。


淋しい。


そう想ったら、もう止まらなくなった。


「さんぞ……っ。」


三蔵は、本当に迎えに来てくれるだろうか。

早く会いたくて。

声が聴きたくて。

このままでは、不安に覆い尽くされてしまいそうになる。

じわりと込み上げてきた涙を、慌ててゴシゴシと擦って拭う。

唇を強く噛んで。

泣き出してしまいそうになるのを、暫く遣り過してから、悟空はベッドに横になり、布団を頭から被った。

このまま寝てしまおう。

そしたら、また晴れた朝がやってきて。

こんな気持ちも晴らしてくれるはず。

そう信じて。

悟空は、目を瞑った。








森中が寝静まった、深夜。

雨は未だ、やんでいない。


「雨、止まないですね……。」


八戒が小さく呟けば、悟浄が窓を見詰て頷いた。


「止まない雨なんざ、ねぇんだけどな……。」


この雨は、悟空にとって良くないことを、悟浄も八戒も分かっていた。

悟空が抱えている不安を、感じ取っていたからだ。

さすがに、2週間という期間は長すぎる。

大好きな人に長い間会えないのは、苦しい。

けれど、自分たちでは悟空の不安を拭い去ってやることなど出来ないと、よく分かっていたから。

普段どおりに接してやることしか出来ない。

悟浄と八戒は、二人そろって溜め息を吐いた。

その時。

雨の音に紛れて聞こえた、ドアをノックする音。

悟浄と八戒は顔を見合わせて。

慌てて八戒がドアを開ければ、そこには三蔵が立っていた。


「……遅いですよ。」


それは、時間のことを言っているのか、そうでないのか。

八戒に言われ、三蔵は眉根を寄せる。


「……一晩泊めろ。」


それだけ言って、こちらの返事も聞かずに三蔵は、勝手知ったる他人の家とばかり、真っ直ぐ悟浄の部屋へと向かっていった。


「……ったく。横暴なヤツ。」


呆れた表情で、悟浄が言って。


「僕たちも、寝ますか。」


八戒の提案に頷いて、二人で八戒の部屋に引き上げた。





悟浄の部屋のドアを開けると、漂ったハイライトの匂い。

それに、三蔵は再び眉を寄せる。

音を立てないように、ドアを閉めてベッドに近寄れば、頭まで布団を被っている悟空に苦笑した。

布団を少し捲ると、覗いた茶色い頭に、見慣れた寝顔。

それを見て、どこか安堵している自分が居た。

濡れた法衣を脱いで、ベッドに腰掛ける。

悟空の寝顔をもう一度見下ろして、目に止まったのは目尻に溜まった涙の粒。

それを見て、三蔵は溜め息を吐く。

この2週間、寺からかなり離れた土地での仕事をしている間、ずっと気になっていた。

否、気になっていたどころの騒ぎではない。

始終頭の中に在って、仕事に集中出来ないほどだった。

おまけに、毎日夕方から朝方まで降り続く雨に、苛々が募って眠りに就くこともままならなかった。

公務に出かける前にあんな喧嘩をした所為なのだろうか。

それにしても、たった2週間で。

否と言うほど思い知らされた。

自分がどれだけ、悟空の全てを欲しているのか。

耳に馴染んだ声も、華の様な笑顔も、手触りの好い髪も、味わうほど甘い躯も。

三蔵は人差し指で涙を拭ってやると、悟空が一つ、身動ろいだ。


「ん……。」

「……。」


起こしてしまったかと手を離そうとすると、悟空の瞼が緩々と持ち上がって。

夢の世界と彷徨っているのか、視線が幾度と暗い室内を彷徨ってから、こちらを見つけた。


「さ……ぞ?」


起き抜けの、少し掠れた声で呼ばれて。

三蔵はまた、苦笑する。

黙ったまま、丸い頬を撫でてやると、悟空も苦笑った。


「おかえり、さんぞ。」


その言葉を聞いて、三蔵は居てもたっても居られなくなって。

布団を捲り、悟空の隣に滑り込むと、悟空は「え?え?」と目を丸くさせた。


「さ、さんぞ?」

「俺は寝る。」

「え?」

「寝る。」


それだけ言って、悟空を抱き込む。

悟空の温もりが、三蔵を安堵させて。

三蔵の温もりが、悟空の不安を払拭させる。

それが、真実。


「……悪かったな。」


静かに謝ると、悟空が一瞬驚いた表情をして。

すぐさま、泣き出しそうに顔を歪めた。


「泣くな。」

「泣いてないっ。」

「泣きそうだろうが。」

「まだ泣いてないもんっ。」


そんな遣り取りをして、二人で見詰め合って。


「三蔵……お帰り。」


改めて、心を込めて言えば、三蔵は悟空の額に一つ口付けた。


「ああ……。」







翌朝。

食卓を囲む、4人の姿。


「おい、猿っ!テメェ、俺の卵焼き食うんじゃねぇよっ!」

「なんで悟浄のなんだよ!名前書いてねぇだろっ!」

「うるせぇっ!俺が最後に食おう思って、取っておいた大好物を、勝手に食いやがって!」

「さっさと食わない悟浄が悪いんじゃんか!」


喧々囂々と言い争う悟浄と悟空に、八戒は困ったように笑いながら、三蔵が手に持つカップにコーヒーを注ぐ。


「今日はもう、帰るんですか?」

「ああ。この2週間の仕事の報告やらしないとなんねぇからな。」

「そうですか……。」


そこで言葉を区切った八戒に、三蔵は眉を寄せて八戒を見る。

八戒が何かを言いたそうにしているのが、その表情を見て分かった。


「……報告が終わったら、あとは暫く休みだ。」

「おや、そうなんですか?」

「2週間も、無理矢理働かされたんだ。誰がなんと言おうと、休みだ。」

「それは、それは。」


クスクスと笑い出した八戒を放って置いて、三蔵は淹れ立てのコーヒーに口をつけた。





「じゃあ、八戒、悟浄。2週間ありがとな。」

「世話になった。」


寺に帰っていく三蔵と悟空の背中を見て、八戒と悟浄は苦笑した。


「ったく。人騒がせなヤツラだな。」

「そうですね。でも……。」


言いかけて、八戒は空を見上げる。

澄み渡った空が、梅雨の季節の終わりを告げていた。


「雨の季節はもう、終わりですね。」


雨露に濡れた木々の葉が、キラキラと輝いていて。

三蔵と悟空の背中が、少しだけ眩しく見えた。



なち さま/beat sweet


なちさまのサイト「beat sweet」39000Hitのフリーの小説をいただいてきちゃいました。
健気な悟空が可愛いです。意地っ張りな感じの三蔵も(笑)。でもって、何気に悟浄&八戒がラブラブっぽいのがオトナな感じでステキです。
冒頭の歌詞は、このお話と同名の大黒摩季さんの歌からだそうです。
なちさま、ありがとうございました。