穏やかな日差しの下。

聴こえて来るのは、そよぐ風の音、小鳥の囀り、木々のざわめき、そして─────。



君が春を謡う


その日は、酷く平和な一日だった。

ここ数日続いていた妖怪の襲撃もなく。

あと数時間ジープを走らせれば、街にも辿り着く。

4人を乗せたジープは、その街へと続く林の中を駆け抜けていた。


小春日和の名に相応しい陽気に誘われ、睡魔も訪れる。

珍しく静かなジープの上、これではジープを操る八戒にまで睡魔が襲ってきてしまう。


「三蔵。」

「……なんだ。」

「ちょっと休憩しませんか?このままじゃ僕、眠っちゃいそうです。」


八戒はそう提案してみたものの、一回は舌打ちが返って来るかと思っていたのだが。


「そうだな。」


予想に反して、三蔵が同調したものだから、八戒は内心驚きつつも、ゆっくりとジープを停車させた。

途端に後部座席に座っていた悟浄と悟空が、伸びをしながらジープから降りた。

続いて八戒と三蔵がジープから降りる。

さて、休憩といってもどうしたものか。

暫し八戒が思案に暮れると、まず行動を起こしたのは悟空だった。


「俺、散歩してくる!」


言って林の中へ向かって駆け出した悟空に、変化を解いたジープが後を追いかけた。

それを横目で見遣りながら、三蔵が近くの木の根元に腰掛ける。

悟浄と八戒は二人で顔を見合わせて。


「……それじゃあ、僕たちも散歩にでも行きましょうか。」


そう提案してみれば。


「だな。」


二つ返事で悟浄が頷いた。












───静かだな……。


突如として手に入れた一人の時間は、とても静かに過ぎていった。

聴こえて来るのは、鳥の囀りと、風に揺れる木々の葉音。

一眠り出来そうだとも思ったけれど。

風に乗って耳に届く音色に誘われるように。

三蔵は立ち上がり、林の中へと歩き出した。





「♪はーるの おーがーわーは さーらさーら いくよー。」


近付いていけば行くほど、鮮明に聴こえてくるその歌声。


「♪きーしの すーみーれーや 蓮華のーはーなーに。」


一歩。


「♪すーがた やーさーしーく いーろ うーつーくーしーくー。」


また一歩。


「♪さーいて いるねと さーさーやーきーなーがーらー。」


その歌が謡い終わる頃、三蔵はその姿を目に止める。


「ほら、出来た!はい、ジープ!」


嬉しそうにそう言って、悟空は今完成したばかりの小さな花冠を、ジープの首にかけてやる。

するとジープも嬉しそうに「きゅう」と鳴いた。

その光景は、酷く微笑ましい。

再び口ずさみながら、花冠を編み上げていく悟空も。

その周りに咲く、黄色い花々も。


また一歩近付けば、踏み付けた落ち葉がカサリと音を立てた。

それに気付いた悟空が、ふと顔を上げて。


「あ、三蔵!」


また、笑う。


「こんなに沢山、蒲公英咲いてた!奥でもっと沢山咲いてんだぜっ!」


何が嬉しいのか、満面の笑みでそう言うから。

てっきりその後は「一緒に行こう」と誘われるのかと思ったのだが。

その誘いは一向にかけてこない。

ならば一人ででも行ってみようかという気になったので、足を進めようとしたら。


「あ、今はダメだよ。」


悟空が花冠を編む手を休めずに言った。


「今、悟浄と八戒がお昼寝中。」


言われて、なるほど、と納得する。

猿は猿なりに気を使っているらしい。

さて、どうしたものか。

三蔵は暫し考えて。

あちらはあちらで二人の時間を楽しんでいるのなら、こちらもそうするべきかと。

徐に悟空の隣に腰掛けた。


「さんぞ?」

「……。」


キョトンとこちらを見てくる悟空に、三蔵は何も告げず。

今度は身体を倒して、悟空の膝の上に頭を乗せ、寝転がる。


「さ、さんぞうっ!」

「何だ。」

「『何だ』って……別に……なんでも、ないけど……。」


些か慌てた様子で、しどろもどろとした口調が愛らしい。


「膝ぐらい、貸せ。」

「……昼寝すんの?」

「ああ。眠くて堪らん。」


それは、ちょっとした言い訳ではあったのだけれど。

それでもこの陽気の中、こうして横たわっていれば眠くはなる。


「へぇ……珍しいな。でも今日は、いいお天気だもんな。」


頭上でクスリと笑う気配がして。

それからゆっくりと、髪を梳いてくる悟空の手。

それがまた、心地好い。

少しずつ、少しずつ。

眠りの世界へと誘われていく。


「……悟空。」

「んー?」

「謡え……。」

「歌?」

「ああ……。」


そうして、再び悟空が謡い始めた。

悟空がその優しい声で奏でる歌が、心の奥底に浸透していく。

小春日和の最中、穏やかに過ぎていく時間が、とても愛おしいもののように感じられた───────。



なちさま/beat sweet


なちさまのサイト「beat sweet」の三空フリー小説をさらってきました。
春っぽい、のどかでほのぼのな、なんだか心がほこほことあったかくなるようなお話です。
こんな風に穏やかに日々が過ぎていくといいですね。
なちさま、ありがとうございました。