コンビニ午後1時



-PURPLE side-

ふと目が覚めれば、陽は既に、中天にあった。
最近ではすっかり冷えた風が、静かに掃き出し窓から吹き込んでいた。
その、涼しいと言うより寒いといった外気に身が震える。
三蔵は一つ舌打ちをして、ベッド脇のサイドボードに手を伸ばし、マルボロを手に取った。
そして気付く。
昨夜同衾した筈の相手が、居ない。
1ヵ月に渡る長期出張で、暫くあれとは会えないで居た。
あれに会えない所為で、溜まりに溜まった様々な欲が、昨夜あれを見た瞬間に爆発して。
散々貪って、散々啼かせたのだった。

ベッドから落ちて床にでも転がっているのだろうかと視線を落としてみるが、姿は無い。
ベッドに入る前に脱ぎ散らかした服が、相手のものだけ消えていることが分かったので、三蔵はマルボロに火を点けながら、ジーパンだけを身に着けて寝室を後にした。
リビングに移動すれば、ガラステーブルの上に、飲みかけの麦茶。
結露して、グラスの底周辺に水溜りが出来ている。
同じくガラステーブルの上に常備してある灰皿に、マルボロの灰を落としながら、リビングの中を見回して。
それでもあれの気配が無いので、三蔵は小さく一つ溜息を吐いた。
さて、どこへ行ったのやら。
自分も乾いた喉を潤そうと、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのペットボトルを取ろうとしたとき。
冷蔵庫の中に、物色した跡。
どうやらあれは、腹が減って何かを食べようと冷蔵庫を漁ってみたけれど。
冷蔵庫の中身の散々たる状況を見て、食料を調達に出かけたのだろう。
三蔵は有意義に静かな時間を楽しみながら、ゆっくりとマルボロを味わって。
仕方なしに、更にTシャツを無造作に羽織って家を後にした。

明かりを降り注ぐ太陽は、既に夏の威力を失っている。

───なんで俺が……。

心中で毒吐くが、あれが傍に居ないのは何処とは無しに落ち着かない。
さっさと見つけて、帰って、またベッドに戻って、それから……。
そう今後の予定を立てて、三蔵はにやりと口角を上げた。
やがて、角を曲がると見えてくるコンビニエンスストア。
毎日のように訪れているそこに、きっとあれは居るだろう。
そう中りをつけていたのだが、煙草を買いつつ店の中に入ってみても、あれの姿は見当たらない。
三蔵は、また一つ舌打ちをして、購入した煙草を手に店を出る。

「ったく……どこ行きやがった……。」

苦く呟きながら、また歩き出す。
秋の気配を漂わせながら、けれど段々と上昇してきた気温の所為で、額にはじんわりと汗が浮かんだ。

「面倒くせぇ……。」

このまま帰ってしまおうかとも思うけれど、それも癪に障る。
こうなったら、絶対にあれを見つけ出してやる。
半ば意地になりつつ、家とは反対方向に足を向けた。
もう少し歩けば、公園がある。
あれは、実年齢よりも精神年齢がかなり幼いから。
もしかしたらそこに居るのかもしれない。
次の中りをつけて、三蔵は公園へと向かうことにしたのだった。



-RED side -

寝返りを一つ打って、ふと気付く。
何の抵抗もなくパタリとシーツに落ちた腕に、違和感。
何度かパタパタと腕を移動させながらシーツを叩いても、見当たらない。
本当はもう少しこの甘い気怠さを感じていたかったけれど、仕方が無い。
瞼を持ち上げれば、予想に違わず、本来居るべき存在が居なかった。

「……八戒?」

昨夜、仕事を終えて風呂に入るのもそこそこ、翌日は休みだということで恋人をベッドに誘った。
激しく求め、相手もそれに答えてくれて、空が白むまで互いの身体を貪り合ったのだ。

悟浄は半身を起こし、寝室内を見回しても、矢張り居ない。
昨夜毟り取るように脱がせた恋人の服も、見当たらない。
長く伸びた髪を掻き上げて、ベッドから降り、一先ずジーパンを穿いた。
それからリビングに移動するも、矢張り見当たらない。

「はっかーい……。」

呼んでも返事がないということは、どこかへ出かけたのだろうか?
玄関まで更に移動して、八戒の靴が無いことに気付いた。
果たして、どこへ行ったのだろうか。
ボリボリと頭を掻いて、悟浄はシャツを羽織り、家を出た。

ここから歩いて数分の距離に、コンビニエンスストアがある。
もしかしたら、八戒はそこに居るのかもしれない。
やがて、道の向こうに見えてきたコンビニエンスストア。
辿り着いて、中を覗くも八戒の姿が見当たらなかった。

「……いねぇ。」

中てが外れた。
さて、とキョロキョロと辺りを見回して。
そういえば、近くに公園があったのを思い出した。

「公園に、八戒……?」

過ぎった想像に、疑問符しか沸いてこないけれど。
とりあえず行ってみるかと、悟浄はそちらに足を向けたのだった。



-GOLD side-

何かしら食材を求めてやってきた、近くのコンビニエンスストア。
今日に限って、弁当も料理の材料になるようなものも、珍しく品切れ。

「腹減ったぁー……。」

げんなりと悟空は呟いて。
仕方なしに、お菓子の陳列棚に移動する。

「俺は良くても、三蔵は食わねぇだろうなー……。」

並ぶ商品は、どれも美味しそうだけれど。
三蔵はこういった類を好まないのは重々承知していた。
とりあえず買い物籠に、三蔵用の醤油煎餅を一袋入れて。
あとは……と陳列棚を見ながら、ふと鈍く痛んだ腰。

「〜〜〜〜。」

知れず、ポッと顔が赤くなってしまう。
丁度1ヶ月前、長期出張に三蔵が旅立ってしまった時は、どうしようかと思った。
その間、寂しくて会いたくて仕方がなくて。
メールでの会話だけでは、電話で話すだけでは足りなくて。
どうにかなってしまうんじゃないかと思っていたところで、漸く帰ってきた三蔵は、会えなかった1ヶ月を埋めるかのように自分を抱いたのだ。
結局はすっかりと埋められた1ヶ月。
あんなに寂しかったのに、今では幸せで仕方が無い。
思わず鼻歌でも歌ってしまいそうな自分を可笑しく思いながら、再び陳列棚に目を向けたのだった。



-GREEN side-

ぼんやりと歩きながら、既に午後の陽射しを全身で感じた。
昨夜の情事の名残りが、身体の彼方此方に残っているけれど、そこに耽ってばかりも居られない。
というより、昨夜の後で悟浄と顔を合わせるのがどうにも恥ずかしくて、逃げるように家を出てきた八戒だった。
恋人となってもう何度も夜を重ねてきて、今更という気もしないでもないのだが、昨夜は今までの夜とは少し違った。
何時になく自分から悟浄を求め、何時に無く行為に乱れた……と思う。
だから、恥ずかしいのだ。

迫ってくるコンビニエンスストア。
何を買う訳でもないが、とりあえず足を向けたのがそこだった。
自動ドアを潜り、途端にクーラーでキンキンに冷えた店内に一心地着く。
折角店に入ったのだから、何かしらを買わなくては、と陳列棚に目を向けると、ジュース売り場の前で見知った少年を見かけた。

「悟空?」

振り向いた少年は、呼びかけた名前の人だった。

「八戒!」

途端に嬉しそうに笑ってくれる悟空に、ついついこちらも笑顔になってしまう。

「八戒がコンビニって、なんかちょっと珍しいな?何か買いに来たのか?」

言いながら近付いてくる悟空に、とりあえず悟浄から逃げてきたとも言えず、八戒は曖昧に頷いた。

「そういう悟空は……?」

今度はこちらから言いながら、悟空が抱えている買い物篭をチラリと見る。
中には甘そうなチョコレート菓子と、煎餅が二袋入っていた。

「何か、弁当とか買いに来たんだけどさ、今日は殆ど無いんだよね。だから、仕方なくお菓子をと思って。」

口を尖らせて言って、悟空はジュースが並ぶ冷蔵庫に目を向け、どれにしようかと物色し始めた。
そんな悟空の、着ているTシャツから覗く首筋の、ほんの際どい所。
見つけたのは、小さな鬱血の痕。

「……。」

誰が施したそれなのか、そんなことは言わずと知れたことで、けれど思わずほんのりと殺意を抱いてしまうのは、この少年が何時までも子供なままで居て欲しいという勝手な自分の思いが故。
三蔵と悟空は恋人同士なのだから、当然そういったコトが行われているのは分かるのだけれど。

じっと自分を見詰める視線に気付いたのだろう、訝しげな顔をして、悟空がこちらを見上げてきた。

「八戒?……あれ、八戒、そこ……。」

キョトンとした顔が、指差しながら言い掛けて、瞬時に真っ赤に染まった。

「え?」

"そこ"と悟空に指差されたのは、どこだったか。
ハッとして、丁度耳朶の直ぐ下辺りを手で抑えた。
その場所には、疚しい記憶がある。
そう、それは昨夜の……。

「……。」
「……。」

二人で沈黙して、顔を赤くしている様は、コンビニエンスストアのアルバイト店員から見れば些か奇妙で不思議な光景だった。

「悟空、アイスでも買いましょうか。そこの公園で、食べましょう。」

先に気を取り直した八戒が、悟空にそう提案すると、悟空は嬉しそうに顔を上げ、早速アイス売り場へと行ってしまった。

───許しませんよ、悟浄も三蔵も。

顔で笑って、心で怒って。
悟空に、要らぬ気を遣わせてしまった罪は重い。
その原因は、それを自分に付けた男にも、それを悟空に教えた男にもある。
さて、どうしてくれようと、八戒もアイス売り場へと移動したのだった。



-ALL member-

辿り着いた公園、ブランコの側のベンチに座る悟空と、あの後姿は八戒か。
チッと舌打ちを一つして、二人の様子を窺った。

嬉しそうにアイスを頬張り、満面の笑みを八戒に見せる悟空に、苛々が増した。

「あら、奇遇ですこと。」

背後から声を掛けられ、その声に再び三蔵は舌打ちをする。
視線を向けなくても、誰だか分かったからのその舌打ちは、相手にも確りと聞こえた。

「ご挨拶だな。」

肩を竦め、飄々と言った悟浄は、三蔵の隣で立ち止まった。

「おやま、随分と和やかな……。」

雰囲気だな、と言いかけて、悟浄はそこで言葉を止める。
和やかなのは、悟空だけだ。
表向き、和やかに見せている八戒は、悟空にその裏を見せるような失態を犯すわけが無い。

「テメェ、ヤツに何しやがった……。」

八戒の、その不穏な裏側を感じたのだろう、三蔵が忌々しげに言った。
何故ならば、八戒は、明らかにこちらに気付いているのだ。
けれど、こちらに声をかけようとしない。
しかも、その不穏な裏側は、どうやら自分にも向けられているらしい。

「心当たりがあり過ぎて、困るんですケド。」

半分諦めたように、両手を挙げて悟浄が言った。


さて、彼の悟空と八戒はといえば。
相変わらず、傍目微笑ましい様子を醸し出している。
すると、アイスを食べ終えた悟空の唇の端に、アイスの名残りを発見。
八戒はそれを指摘したようだが、悟空は逆側の頬を一生懸命擦っていた。
当然、アイスは悟空の頬についたまま。
八戒は一度苦笑して。
チラリと、悟浄と三蔵を見てニヤリ。

「八戒?」

怪訝に思ったのか、悟空が首を傾げるのも、まるで計算ずくのように。

「!!」

悟浄と三蔵の目の前で、それは堂々としてやられた。

「はははは、八戒っ!?」

八戒が、悟空に付いているアイスを舐めたのだ。
顔を真っ赤に染めた悟空が、呆然と八戒を見る。
否、呆然と八戒を見ていたのは、悟浄も三蔵も一緒だった。

「おや、悟浄、三蔵。」

まるで今気付きましたとでも言う様に、こちらに笑顔で声をかけてくる八戒に、沸々と沸き起こるのは怒りなのか恐怖なのか。

「さ、三蔵っ!」

アワアワとする悟空の愛らしい様を見ながら、先に気を取り直した三蔵がつかつかと二人に歩み寄った。
けれど、先手必勝とばかりに、話し出したのは八戒で。

「悟空、今日は僕とデートしませんか?」
「え?」
「ケーキが美味しいカフェを見つけたんです。」
「ケーキ?」

食い物に釣られるのは、猿の悪い癖だ。
拒否されなかったことをいいことに、八戒は悟空の腕を掴んで立ち上がる。

「おい、貴様……。」

三蔵が剣呑と八戒に物申すが、どこ吹く風の八戒は笑顔で受け流した。

「というわけで、僕は悟空とデートしてきますので。」

捨て台詞のようにそう言って、八戒は悟空を引き連れて行ってしまった。
残された悟浄と三蔵は、ただただ呆然とする他無く。

「八戒ぃ〜〜〜!」

悟浄の呼ぶ声も空しく、二人は遠ざかって行く。
これからの、恋人との甘い時間を過ごす予定は、全てパー。
何がどうしてこうなったのかが分からない二人は、どこへぶつけて良いのか分からない怒りを家へと持ち帰るのだった。



そんな、休日のコンビニ前、午後の1時─────。



なちさま/beat sweet


なちさまのサイト「beat sweet」3周年記念のフリー小説をいただいてきました!
ありふれた日常の風景なのですが、なんとなくとってもらぶらぶな感じがします。(最後は…ですけどね 笑)
なちさま。3周年おめでとうございます! これからもほのぼのらぶらぶなお話をお願いします<(_ _)>