白い雪に綺麗なイルミネーション。
晴れた夜空には満天の星。
細い三日月が金色の淡い光を夜空に滲ませて。

世はことも無し。
聖夜は恋人達を慈しむ………。

などというロマンチックとは縁遠い。
キリストは宿敵だ、宗教は害だ、などと気勢を上げる酒盛りが続いている。
時間はもうすぐ日付が変わろうとする時間。
吸血鬼の宿敵らしいイエスキリスト―神の子が生まれた日を迎える。
クリスマスとは本来、彼の誕生を祝う日であるはずなのだが、目の前で繰り広げられる酒盛りはそれが口実だと告げている。

それでも、綺麗に飾り付けられたクリスマスツリーとクリスマス料理、バラ色のシャンパンに苺と生クリームのたっぷり載ったクリスマスケーキと定番の料理と菓子がテーブルの上を所狭しと並んでいた。

「俺達はなんであんなジーザーズに勝てない?何でアイツを信仰する奴に負けちゃうわけ?」

黒髪に金と青のオッドアイの瞳を持つ青年の顔を覗き込んで少年ががなる。

「そりゃ人間の方が多いからだろ」
「焔、それ理由になってない」

もう何度目になるかわからない問いとどうでもいいような答えの問答が続いている。
いい加減、うんざりしてきた金髪の青年が、呆れた声音で問うた。

「…だったら、何でこんなバカ騒ぎをする?」
「そりゃ、お祭りだからに決まってんじゃん」

きらきらと酒に酔った金瞳が嬉しそうに綻んで、けらけらと声を上げて笑う。
少年の答えに訊いた己がバカだったと、青年はグラスのウィスキーを舐めながら大きなため息を吐いた。





Holy Night






夜も更けて夜明けの足音が聞こえて来る時間、ようやくふざけた酒盛りが終わりを迎えた。

「そろそろ寝ようか…」

大きなあくびをしながら少年は躯を伸ばし、ソファに沈み込んだ。
その傍らに黒髪の青年が寄り添うように腰を下ろし、

「悟空、夜明けまで俺が可愛がってやるよ」

と、青年が、金色の瞳の少年の肩を抱いて耳元で囁く。
それに、悟空と呼ばれた少年はそれは艶やかな微笑みで、

「三蔵の許可が下りたら寝てやるよ?焔」

と、傍らに座る金髪の青年、三蔵へ流し目を送る。

「知るか」

悟空の艶めかしい流し目の答えは素っ気なく、ぐいっとグラスの中身を煽ると、三蔵は立ち上がった。

「さんぞ?」

肩を抱いてそのまま押し倒そうとしてくる焔を押しのけながら、悟空が三蔵を呼べば、

「寝る」

と、歩き出した背中が答え、悟空が何か言う前に部屋のドアが開いて閉じたのだった。













自室へ戻った三蔵は、窓を開け広げた。
途端、冷えた空気が吹き込み、酔って火照った熱を冷ます。






三蔵と悟空と焔。
兄弟でも親戚でもない。
まして、人間ですらない。
奇妙な同居が始まったのはもう何年前だろう。

悟空と出逢った時、三蔵は自暴自棄になっていた。
悟空の愛の告白にも聞こえる言葉に身を委ね、血を与えたその時に初めて悟空が人ではなく、吸血鬼だと知った。
お伽話の中の存在だとばかり思っていた吸血鬼。
その存在に喰われて消えるのも面白いと思ったはずだった。
けれど、気が付けばその吸血鬼が、悟空が愛おしくて、何者にも代え難い存在になるのにさほどの時間は必要なかった。

そして始まった悟空との同居。
二人だけの生活のはずが、焔の登場でややこしい共同生活となった。
人間嫌いの焔と、人間を愛する悟空と、人間の三蔵と。

小さな摩擦はあっても、概ね穏やかな生活が続いていた。






「…ったく…吸血鬼のくせに何がクリスマスだ」
「いいじゃんか、人の中に紛れて暮らすには必要だろ?」

独り言に返った答えに、三蔵は驚いて振り返った。
庭に積もった雪の反射で仄明るい灯りを点けていない部屋のベットに悟空が腰を下ろしていた。

「てめぇ…いつの間に」
「今だよ、三蔵」

ふわりと悟空は笑った。
金瞳が妖しく光る。

「焔は?」
「さあ?気になる?」

ついっと、上がった口角に三蔵は何を感じたのか、小さな吐息をこぼすと、悟空の傍へ近づく。
その様子をじっと追いながら、悟空の喉が小さく鳴った。

「腹…減ったのか?」

悟空の前に立った三蔵が見下ろせば、悟空は瞳を綻ばせる。

「まあ…ね。かれこれひと月になるし、俺の恋人はケチなくせに独占欲が強くて嫉妬深いから余所に食事にもいけねえもん」

くすくすと悟空は小さく笑いながら、三蔵の手を取ってベットに座るように促した。
三蔵はそれに導かれるまま悟空の傍らに腰を下ろす。

「何?今日は素直なんだ…」

三蔵の行動に悟空が僅かに目を見開けば、

「あとで気を失われても困るしな」

そう言って、三蔵は悟空の唇に自分のそれで軽く触れた。

「スル気満々?」
「クリスマスはそうなんだよ」

細い悟空の首筋を撫でながら三蔵が悟空の瞳を覗き込む。

「だから食べさせてくれるの?」
「…クリスマスだしな」

首筋を撫でる三蔵の手をそっと取って、悟空は自分の腕を三蔵の首に回した。

「プレゼントなんだ」
「まあ…な」
「じゃあ、遠慮無く」

悟空の吐息が首筋にかかる。
ひくりと、三蔵の躯が震えた。

「慣れないね」
「慣れるか、アホウ」
「可愛い…」

言うなり、首筋にちくりとした痛みがした。

耳元で悟空の喉が鳴る音が聞こえる。
ゾクゾクと背筋を這い上る快感に三蔵はぎゅっと、拳を握って耐える。
射精したい程の絶頂感と酩酊感に酔いしれれば楽なのだろうが、我を忘れてしまえばこの後の悟空から逃げることが出来なくなる。

「…くっ…ぁ……」

自分が漏らす信じられない甘い吐息に三蔵は奥歯を噛みしめて耐える。
やがて首筋をひと舐めして、悟空の顔が離れた。

「ごちそうさま」

にこりと笑う口元が三蔵の血で赤く染まっている。
三蔵は大きく息を吐いて、悟空を振り返った。

「済んだのなら治まるまで離れて……!」

身を引こうとした三蔵の躯は、あっという間に悟空に組み伏せられていた。

「悟空!」

押さえ込まれた肩の痛みに顔を顰めて名前を呼べば、獣じみた笑顔が返ってきた。
見上げる瞳が酔った色に染まって、瞳孔が猫の瞳のように細い。
さっきまでの柔らかな雰囲気ががらりと変わって、獣じみた気配に変わっていた。






悟空は何故か三蔵の血を飲むと酔う。
三蔵以外の人間の血では酔わない。

では、何故なのか。

悟空にも理由がわからないらしい。
ただ、綺麗な三蔵の美味しくて甘い血の所為だと、言われた。

が、そのたびにいつも抱いている奴に抱かれそうになるのは困るのだ。
人と吸血鬼であれば力の差など一目瞭然で、勝てるわけがない。
それでも抱かれる訳にはいかない。

「今夜は逃がさない」
「…ってめぇ」

身を捩って逃げようとする三蔵の抵抗を嘲笑うようにぺろりと、唇を舐め、悟空は三蔵の首筋に顔を埋めた。

「……っぁ!」

つい今、悟空が触れていた首筋を這う舌のざらついた感触に、三蔵の肌が粟立つ。
血を吸われた時に感じた淫靡な感覚がまた、戻ってくる。

「こ、の…はな…せっ!」

自由になる足をばたつかせて、三蔵は何とか悟空の下から逃げようと足掻く。

「だぁめ。ここはこんなになってるじゃん。無理は躯に悪いよ、三蔵」

ごりっと、形を変えて主張を始めている自身を擦られて、三蔵の躯が撓った。

「っあぁ…!」
「ほら、甘い声も出てるし」

片方の手を肩から離し、悟空は三蔵のシャツのボタンを爪で弾くように広げて行く。

「ここも立ってるし」
「うっ…」

はだけたシャツから見えた飾りに口付けを落として、悟空が笑う。

「だから、観念して抱かれちゃいなよ、三蔵。気持ちいいからさ」

ぺろりと、三蔵の心臓の辺りを悟空は舐めて、上目遣いに三蔵を見上げれば、三蔵の躯から力が抜けた。

「いいの?」

ずり上がって三蔵の顔を覗き込んだ瞬間、悟空は強かに背中を床に打ち付けていた。






「こんのエロ猿!毎度、毎度、血を吸うたびに盛りやがって!」

言うなり、悟空の上に枕元に在った水差しの水がぶちまけられた。

「うわぁ!」

慌てて飛び退く悟空に追い打ちをかけるように枕が飛んでくる。

「出て行きやがれ!」

罵声と一緒にベット周りのものが手当たり次第に飛んでくるものを腕で庇って、悟空は怒り狂っている三蔵の姿に見惚れた。
仄かな雪明かりに浮かぶ金糸、怒りで紅潮した白い頬、怒りで燃えるように輝いている紫暗の瞳。
はだけたシャツから垣間見える白い肌が仄かに桜色に染まって、夜目にも輝いて悟空には見えた。

「てめえ!出て行けと言って…」

悟空の視線に気付いた三蔵の動きが止まる。

「……綺麗だなあ」

魅入られたようなため息をこぼす悟空の様子に三蔵は今度は紫暗を見開いた。

そして、思い出す。

悟空と出逢った時、悟空は自分の容姿に惚れたと言っていた。
容姿の綺麗な人間の血が一番なんだと。
結局はそこかと、失望したことまで三蔵は思い出してしまう。

幼い時から、成人しても三蔵の周りに寄ってくるのはこの容姿が目当てな者ばかりで。
実家が金持ちと知れば尚のこと、羽虫のように寄ってくる者ばかりだった。
そして、妖怪に、吸血鬼にまでそう言われた時の笑いたくなるような絶望感に、三蔵は己を差し出した。
容姿にしか価値のない自分などいらないと。
けれど、三蔵の血を吸ったその後で、





――─本当にあんた、綺麗だ。姿形はもちろんだけど、その魂は純白で汚れが無くて…俺、大好きだ





そう言って、三蔵の血で濡れた赤い唇を綻ばせてそれは嬉しそうに、幸せそうに笑った。
それは、悟空が三蔵の血に酔う前だった。





それから――――─





いつの間にか、悟空は三蔵の血に酔うようになった。
それも三蔵の血が甘くて綺麗だからだと、悟空は屈託無く笑っていた。
人間の三蔵には納得できなかったのだが、本人がそう言うのならそうなのだろうと納得するしかなかったのも本当で。

そして、酔うと何故か、三蔵を抱きたがるようにもなった。
獣の瞳とその獰猛さで三蔵を組み敷き、ことに及ぼうとする。
それはまるで肉食獣が捕食した獲物を喰らうような感じで。
三蔵の全てを喰らい尽くそうとでもするような欲望を漲らせていた。
その姿は普段の子供じみた様子とはかけ離れて、悟空が人外の存在であると三蔵に思い知らせる様子は、三蔵を魅入らせ、我が身を投げ出しても良いと思わせるには十分だった。

けれど、それは三蔵にとっていつもと立場が逆転することで、その身を投げ出してもいいと思うことと欲望を受け容れることは別のことで、逆立ちしても悟空の欲望を受け容れることなど出来ない。
が、それでも、それが悟空の思いであると知っている三蔵には嬉しいことだと感じられ、そんな悟空ですら愛しく思うのもまた、事実で。
三蔵の本質が綺麗だと、その本質に惚れて、その本質の甘さに酔うのだと言われているから。
三蔵もまた、悟空の強く、激しい、そして誰よりも寛く優しい本質を知っているのだから。

思い出す程に三蔵の胸は何だか苦しくなって、三蔵はくるりと悟空に背中を向けてしまった。

「三蔵…?」

急に変わった三蔵の態度に、悟空はそろりと立ち上がり、三蔵の傍へ近づいた。
きしりとベットが手を付いた悟空の重みで軋む。

「……三蔵…?」

悟空が名前を呼ぶたびに、微かに三蔵の肩が震えて、悟空はやりすぎたのだと気付いた。

いつもはなかなか血を分けてくれない三蔵が今夜に限って素直に血を分けてくれた。
それが嬉しくて、酔いに任せてつい暴走したのだ。

悟空はいつも思っている。
初めて出逢ったあの日から、初めて三蔵の血を飲んだあの夜から、三蔵の綺麗な姿も心も魂も血も何もかもを自分の中に喰らい込んでしまいたい。
一つになりたいと。

だから、血に酔った勢いを借りて本性を見せる。
でなければ、あの強い紫暗の瞳に、あの艶やかな声に、あの甘やかな薫りに、負けてしまうから。
それほどに愛しい、大切な人。
傷付けたい訳ではないのだ。

「ごめん…三蔵…ごめん…」

ふわりと背中に抱きつけば、

「………いい…」

くぐもった声が聞こえた。

「三蔵………ごめんな…」

もう一度、謝れば悟空の髪に三蔵が触れた。

「さんぞ…?」
「いい…もういい」

そう言ってくしゃりと、悟空の頭を掻き混ぜ、三蔵は悟空に向き直った。
そして、

「プレゼントやったんだから、俺にもよこせよ」

と、笑った。
そうだ、自分はこんな、人間で言うなら偏食で面食いで、その上二重人格な吸血鬼に惚れたのは隠しようもない事実なのだから。
惚れた方が負けなのだ。
そして、そんな自分が嫌ではない。

三蔵は不安げな悟空の金瞳にもう一度、笑いかけ、その唇に自分のそれで触れた。

「いいだろう?」

問えば、

「いいよ」

と、灯りだした三蔵の欲望を煽る悟空の艶やかな笑顔が返ってきた。
そして、ようやく恋人達の夜が始まったのだった。




michikoさま/AQUA


「AQUA」 michikoさまよりいただきました。しかも「進呈」。ウチとみつまめさんのところでしか読めないんですよ。…未だに夢じゃないかしら、と思っているまりえさんです。
メールをいただいたのは、折しもクリスマス当日。もの凄いクリスマスプレゼントでした。
さらに、このお話。激しく私好みでして。
ちょっと小悪魔が入っている、カッコいい悟空が一番好きなんですよ。このお話、パーフェクトにそれを満たしてます。もう理想です。凄い好き。はあぁぁ、幸せv
一応、このお話が進呈されることになった経緯について。
私がなんとなく思いついて書きました「偏食(当人談ではグルメ)の吸血鬼」三蔵に、みつまめさまが「面食いの吸血鬼」悟空もいいんじゃない? と思いつかれまして、それを見たmichikoさまが書いてくださった、と。
…私、なんにもしてないんですけどね。「きっかけになったから」とお優しいお二方のお言葉に甘えまして。だって、michikoさまからの進呈ですよ。こんな機会、もう二度とないです。
し、か、も。
お優しいのをいいことに、みつまめさんのところから、そのときの悟空の線画までいただいてきちゃいました。そのうえ、自分で塗ってみました。(クリックすると大きくなります)
ご、ご、ごめんなさい。色塗り。楽しかったんですが、せっかくの美麗なイラストを壊してるかも。
石、投げないでくださいね。
michikoさま、みつまめさま。本当にありがとうございました。今年最後のそして最大のプレゼントでした。一生の宝物にします。
……ホントに幸せだv