冷えたこの身にぬくもりを


◇ side 悟空 ◇

 その日ふいに、悟空はそれに気付いてしまった。
 泊りがけの仕事から帰ってきた三蔵は、なんだかとても疲れた顔をしていたのだ。
 よくよく考えれば三蔵は仕事で出かけているのだから、疲れて帰って来るのは当たり前のことだ。
 なのに悟空は自分の気持ちに――三蔵がいない寂しさにいっぱいいっぱいで、三蔵のことに気がつけなかった。
 今まで気付かなかっただけで、これまでもずっと、こんなふうに疲れた顔で帰ってきていたのだろうか。
 自分のことばかりで、三蔵のことにまで気がまわらなかった自分がなんだかとても情けなく感じる。
「おかえりなさい、三蔵!」
 それでもこれだけは、と笑顔で告げて迎えると、三蔵は「ああ」とだけ答えてベッドに腰を下ろした。
 さっさと法衣を脱いでしまってラフな格好になった三蔵に、いつもならば悟空は、ひょいと飛びついていくのだけれど。
 気付いてしまったからには、そんなふうにはできなくて。
 今までもきっと、疲れているのに付き合ってくれたのだと思うと、申し訳ない気分になった。
「俺、裏山に出かけてくるな」
 だからといってこの場に残って悟空にできることなんて思いつかず、考え付くのは、せめて三蔵がのんびり休めるように静かな時間を提供することだけだった。
 疲れてるみたいだし、なんて言ったら三蔵が「そんなことはない」と言い張るのはわかりきっていたから、それは、言わない。
「夕飯までにはちゃんと帰って来るからさ」
 もう数日も顔を見ていなくて。
 本当は、飛びついて、三蔵のぬくもりに擦り寄って、三蔵がいない間のことをたくさん話して。綺麗な顔を見て、澄んだ瞳を見つめて、輝く金糸に触れたかったけど。
「いってきまーすっ」
 これ以上ここに居たらどうやっても離れられなくなると、返答を待たずして飛び出しかけた悟空の腕に温かな手が触れた。
 足を止めてみれば、伸ばされていたのは三蔵の手。悟空の腕が、しっかりと三蔵の手に捕らえられていた。
「……さんぞ?」
 きょとん、と。引き止められたことに驚いて瞳を瞬かせた悟空であったが、三蔵は無言のままに悟空を引き寄せた。
「ちょっ、三蔵!?」
 バランスを崩した悟空はそのままボスン、とベッドの上に転がるハメになる。
 三蔵も、どこかぼんやりとした疲れた顔のままでベッドに身体を横たえると、ちょうど悟空とベッドを半分ずつ分け合うような形になった。
「寝る」
 唐突な三蔵の行動にわたわたしている悟空を置いて、三蔵はきっぱりと一言だけ宣言すると、さっさと瞳を閉じてしまった。
「あ、う、うん。おやすみなさい……」
 慌てて言葉を返したものの、その時には三蔵はもう眠ってしまっていた。
「……」
 良かった、んだろうか?
 帰ってきた三蔵と一緒に眠るのはいつものことだけれど。
 それは悟空が懐いて離れないから、三蔵が仕方がなく折れてくれるだけのことで。
 たいして広くもないベッドの上。
 抱え込まれて、動くに動けない状況。
 常にない三蔵の態度に戸惑いはするが、間近にある三蔵のぬくもりはとても嬉しいから。
 だから、まあいいか、と思う。
「おやすみなさい、三蔵」
 もう一度。聞こえていないのはわかっていたけどそう告げて。
 悟空も静かに瞳を閉じた。

◇ side 三蔵 ◇

 仕事で外に出かけるたびに睡眠不足に襲われるようになったのはいつの頃からだったか。
 いや。もともと三蔵の眠りは浅く、もともと、それほどしっかりと睡眠を取れないのが普通のはずだった。
 それなのに最近は、外で泊まるたびに睡眠不足に襲われる。というか、寺に居る時にはきちんと深い睡眠が取れていてそれが普通になってしまったから、浅い眠りでは足りなくなってしまったのだろう。
 また、外での睡眠不足が祟ってか、寺に帰ってくるなり時間帯に関係なく眠ってしまう。
 これはいったいどういうことか。
 考えたところで思い当たる原因など思いつかなくて。結局、疑問は長く放置されていた。

「おかえりなさい、三蔵!」
 笑顔で迎えてくれる悟空に「ああ」と適当に返して三蔵は、法衣を脱いでラフな格好になってベッドに腰を下ろす。
 やってくるだろう小猿の突撃に備えていたところに、いつもと違う台詞が聞こえた。
「俺、裏山に出かけてくるな」
 ぼんやりと。すでに半分眠りかけた頭でその声を聞く。
「夕飯までにはちゃんと帰って来るからさ」
 去っていこうとする、気配。
 同時に、せっかく訪れかけた眠りが遠ざかってしまうのを感じて。三蔵は、去りかける気配を追いかけた。
「……さんぞ?」
 驚いた様子で足を止めた悟空。よくよく見ればその腕に、三蔵自身の手が伸びている。
 どうやら追いかけるだけでは足りずに、捕まえてしまったらしい。
 ぼんやりと眠気に霞んだ頭では深く考えることなどできずに、とりあえず、捕まえた気配を引き寄せた。
「ちょっ、三蔵っ!?」
 ボスンとベッドが軽く軋んで、慣れた体温が傍に在る。
 何度自分のベッドで寝ろと言っても聞かずに、しょっちゅう潜り込んでくる湯たんぽ猿を抱え込みながら。
 自分はもしかして冷え性だったか、とか。
 冷えるから眠れなかったのかもしれない、とか。
 そんなことを考えながら、自分もベッドに横になる。
 本当に、本当に、眠かったのだ。
 どうしてこんなにも眠いのか。
 外では眠気さえ訪れることなく、身体のために無理やり眠り、それでも浅い睡眠のために寝不足になっていたのに。
 なのに帰ってきた途端、これだ。
 振り切れない睡魔に襲われて、あっという間に眠り込んでしまう。まあ、疲れた体にはありがたいことであるのだが。
 そんなことを考えながらも、次第に考えるのも面倒になって、本格的に寝る体勢に入る。
 抱え込んでしまった小猿の身体を今更離すのも面倒で――というか、もう、腕ひとつ動かすのも面倒くさくて。
 狭いベッドは少々鬱陶しくもあるけれど、眠ってしまえばそんなものはもう関係ないし。
「寝る」
「あ、う、うん。おやすみなさい……」
 宣言すれば、わたわたと戸惑う気配と一緒に声が返ってくる。
 けれどその声を最後まで聞くことなく、三蔵は眠りの世界へと意識を手放した。


日向葵さま/ひまわり畑


葵さん宅に、西への道中の最初の宿屋で、三蔵と一緒にいるのに別々の部屋で眠ることに納得がいかない悟空というお話がありまして。(興味を持たれた方はぜひ葵さん宅へ。「ひとり部屋」というお話です)
このお話についてメールでやりとりをしていたときに、「出張中、三蔵は寝不足だったかも」といわれまして。
「じゃあきっと帰ってくるたびに悟空を抱き枕にしていたのかもしれないですねー」などといったところ。
こんなステキな話になって返ってきました!
にしても。
三蔵、冷え性?!
大爆笑ものでした。勘違いにも程がある。
毎度毎度、無責任に反応する言葉にステキなお話で返してくれてありがとうございます。
これからもよろしくお願いします<(_ _)> …って、おい。