そして、これからも


独りは嫌だ。独りは怖い。
でも。
独りには慣れてしまっている。

今も光の射さない暗闇の中に独り佇んでいる。
怖くなんて、ない。だってこれが当たり前なのだから。
光を望んだって手に入らない。そんなこと嫌になるほど知っていた。
でも心が諦めきってくれない。
微かな望みを託して力の限りに伸ばした手は、結局は何も掴めず空を切る。
・・・・・・筈だった。

「何だ」
「へっ?」
「まだ寝ぼけてんのか」

空を切ったはずの手は、しっかり目前の人物の服を握り締めていた。
悟空は慌ててその手を離し「ごめん、何でもない」と曖昧に笑って返す。
それを訝しがる三蔵だったが、しかし問い詰めようとはしなかった。
そこでふと悟空は自分が寝台に寝かされていることに気づく。
確か今日は三蔵の仕事が早く終わると聞いて、自分もいつもより早く帰ってきた。
三蔵と日の高いうちから一緒に居られるのが嬉しくて、はしゃいでいたら呆れられた。
・・・・・・そのあとは?
悟空が普段使わない頭をフル回転させて記憶を辿っていると、不意に三蔵の手が額に添えられた。
予想だにしない行動に悟空が目を白黒させていたが、三蔵は全く意に介さず口を開く。

「やはり若干熱っぽいな」
「へっ?」
「馬鹿面晒してんじゃねぇよ」
「?」
「帰ってきてだるそうだったからな」
「・・・・・・」
「疲れが溜まってたんだろ、寝とけ」

言葉数の少ない三蔵の台詞を頼りに、悟空は今に至るまでの経緯を少しずつ思い出していた。
窓から見える太陽が春の訪れを知らせていたが、今日はまだ風が冷たかった。
だからまた暖かくなったら遊びに行こうと約束をして、三蔵の自室で過ごすことにした。
何をするでもなくただ二人でいるだけ。静かに流れる穏やかな時間が心地よい。
そして悟空が部屋の中に出来た陽だまりで微睡んでいたら三蔵が声を掛けてきた。

「眠ぃのか」
「んー」
「寝るなら寝台で寝ろ」
「・・・・・・むー寝ない」
「あ?」
「だ・・・って、寝たらもったいな・・・・・・」
「そこまで寝かかっててよく言うな」
「・・・・・・うにゃ・・・・・・せっかくさんぞ、がいるの、に・・・・・・」
「馬鹿言ってねぇで寝ろ」
「ぅー・・・やだ・・・ねない・・・・・・」
「つってもお前既に殆ど寝てるじゃねぇか」
「・・・・・・ねな・・・ぃ・・・くーーーー」
「・・・・・・完全に寝てんじゃねぇか」

三蔵は盛大な溜め息を吐くと、仕方ないとどこか華奢な悟空の体を抱き上げた。
「重・・・・・・」と愚痴ってみてもそれを耳に入れる人間はいない。
悟空の体に直接触れたことで、三蔵はその体が熱を持っていることに気づいた。
どうりでどこかだるそうに見えたわけだ。三蔵は帰ってきたときの悟空の様子を思い出す。
そして発熱の原因を疲労による一時的なものだろうと結論付けると、
少し汗ばんでいる自分より一回り小さな体を寝台に横たえた。
用は済んだとばかりに踵を返す三蔵に、眠りについているはずの悟空の手が伸ばされる。
そのときの悟空の金晴瞳が虚ろに揺れていたのを三蔵は見逃さない。
かといって、敢えて悟空に理由を問うたりはしない。
だから三蔵から出てきた台詞は「何だ」という至って普段通りのものだった。

「さっさと寝ちまえ」

そう言って三蔵は悟空の頭をクシャリ、と撫でた。
それがくすぐったくて嬉しくて悟空は目を細めるが、どこか不安で。複雑な感情が心を占める。
いつまでこの幸せは続くのだろう。幸せの裏に見え隠れする別れが気になってしまう。
悟空は与えられている幸せを噛み締めて、先程まで渦巻いていた感情に意識を向けた。

独りが当たり前の真っ暗な世界、それが自分にとっての普通だった。
ところが不意に望んだ光が与えられた。
太陽に照らされた世界は眩しすぎて、居心地がよすぎて。
何かの拍子にまた暗闇の世界が訪れることに怯えている。
独りは怖くなんてなかった。・・・・・・はずだった。
独りを嫌っても仕方のない事と諦めていた。・・・・・・はずだった。
元々独りで過ごしてきた。だからまた独りになっても大丈夫。
そもそも独りの世界が当たり前で、今いる光に溢れた世界が異常なのだ。
でももう幸せの味を知ってしまったから、きっとそう簡単には手放せない。

「水でも飲むか?」
「うん、ありがと」

悟空はゆっくりと上体を起こし、三蔵からコップを受け取った。
喉を通り抜ける冷たい液体が火照った体には丁度いい。
空になったコップを手渡された三蔵は、寝台の傍を離れ流し台の方へ向かう。
そのとき何故か悟空は怖くなって、先程と同じように三蔵の法衣の裾を握り締めた。

「何だ」
「ぁ、ごめ」

悟空は伸ばした手を離そうとするが、震えてしまってうまく動かせない。
見兼ねた三蔵が悟空の手を退ける。その瞬間悟空の体がビクリと動いた。
行かないで。ここにいて。ここにいさせて。独りにしないで。
もう独りはいやだ。独りは怖い。

「コップくらい置きに行かせろ」

呆れたようにそう言うと三蔵は流し台の方へ姿を消した。
姿が見えないことで、悟空はたまらなく不安に襲われる。
何故自分がこんなに不安になるのか分からなくて、悟空はさらに困惑する。
だって姿は見えなくても、三蔵は目と鼻の先にいる。なのにどうして・・・・・・
嫌な汗が背中を伝う。きっと一寸先は闇。
世界が眩しすぎて気づかなかったけれど、常に影の部分は存在していた。
自分は光と影のギリギリのところにいた。

「何だってんだ、さっきから」

いつの間にか寝台に腰かけている三蔵が面倒臭そうに言い放つ。
天井に向けて愛飲している煙草の煙を吐き出しながら。
三蔵が目の前に戻ってきていることに安心して、悟空は精一杯の笑顔を作ろうとする。

「何でも」
「ないなら泣きそうな顔してんじゃねぇよ」

笑顔を作るのに失敗した悟空の言葉を遮った三蔵は、真っ直ぐ悟空を見つめる。
労わるようなその視線に、自然と悟空の頬に涙がこぼれた。静かに涙が流れる。
三蔵は何も言わずに涙の跡を優しい手つきで拭った。

「なんか・・・・・・怖かった」
「何が」
「元に戻るのが」
「分かるように言え」
「・・・・・・俺はずっとひとりで、ひとりが普通だった」
「・・・・・・」
「でも今はちがう。けど今はひとりじゃないってことは普通じゃない」
「・・・・・・」
「だからきっとまたひとりが普通になる・・・・・・」
「ひとりに戻りたいのか、お前は」
「違う!」

最後だけ威勢良く言い放った悟空の唇に、三蔵は己のそれを重ねる。
優しい口付け。あまりの心地よさに悟空は泣きそうになる。
三蔵のことがたまらなく好きすぎて泣けてくる。
キスの合間に煙草を灰皿に押し付けると、三蔵は悟空を抱きしめた。

「さんぞ?」
「もうひとりじゃない方が普通だろうが」

三蔵の言葉は悟空の不安を難なく飛び越え消し去ってしまう。
これからも続くのは眩しい光に満ちたこっちの世界。光の射さない暗い世界は過去のもの。
独りに慣れてしまったなんて嘘。そう思わないと生きていけなかっただけ。
独りじゃない世界を手放さなくていいと。そっちの方がもう普通の世界だと。
そう言って抱きしめてくれる人がいることがこの上なく嬉しくて、
この気持ちを伝える術を持たないのがもどかしい。
だから悟空は精一杯の笑顔で告げる。

「ありがと、さんぞ」
「下らねぇことでうじうじしてんじゃねぇよ」
「下らなくないもん、大事だもん」
「そうかよ」

紡がれる言葉は軽口となり、啄ばむようなキスを繰り返す。
そこに幸せな甘ったるい空間が広がっていく。
春の日差しを思わせる光に包みこまれ、二人は唇を重ね続けた。


冴月壮夜さま/DROP OUT


三空の日記念のお話……いただいてきてから、かなり長いこと保温室で温めておりました。(をい)
悟空が健気で可愛いのです。そして、三蔵。ちゃんと悟空を見ているんだな、と安心しました。
最後はラブラブvなのがとっても嬉しいです。
冴月さま、心温まるお話をありがとうございました。