嘘つきっ


このところ続いた寒さも緩み、春を思わせる陽射しが差し込む穏やかな午後。
珍しくも書類仕事が午前中で片付いてしまい、三蔵は新聞を片手にのんびりと煙草をふかしていた。
こんな風に静かに午後を過ごすのも久し振りだと思っていたところ、バタバタバタという足音が響いた。
三蔵の眉間に皺が刻まれる。ふぅっと大きな溜息をついたとき。

「さんぞっ」

大きな声とともに、バタンと扉が開いた。
悟空だ。
姿が見える前からわかっていた。
叩きつけるように扉を開けたその勢いのまま、悟空は三蔵のもとに駆けつけてくる。
のを。
椅子から立ち上がって、出し抜けにハリセンではたいた。スパーンと良い音が響き。

「ふぎゃっ!」

悟空が床に沈んだ。

「いきなりナニすんだよっ!」

だがすぐに立ち直り、頭に手をやって三蔵を見上げ、きゃんきゃんと吠える。

「煩ぇんだよ」
「まだなんも言ってねぇじゃんか」
「お前は存在自体が煩い」
「なんだよ、それ!」

あまりの言い様に悟空はむぅっと三蔵を睨みつける。
しばらく睨み合いが続いたが、不意に時間の無駄とばかりに三蔵が視線を逸らす。

「あっ、待てよっ」

椅子に座りなおそうとする三蔵の腕に悟空がしがみつく。
そして。

「嘘つき! 三蔵の嘘つき!」

いきなりそんなことを言い出した。

「……あ?」

まったく予想外のことに、一瞬、三蔵の思考は停止する。そして思考とともに動きも停止する。

「仕事、暇になったら街に連れて行ってくれるって言ったじゃんかっ」

ぷくっと頬を膨らませ、悟空が言葉を続ける。
確かにそんな約束をした……かもしれない。
三蔵は記憶を辿る。
だが。

「だから仕事が暇になったら、だろ」
「いま、暇だろうっ!」

悟空の頬がますます膨らむ。
本人は本気で怒っているのだろうが――なんだか頬袋いっぱいにひまわりの種を詰め込んだハムスターみたいだ。
なんとなく悪戯心が起こり、三蔵は膨らんでいる頬を指でつついてみる。
と、ポンというような音とともに頬が潰れた。

「なにすんだよっ」

がおっという感じで悟空は怒るが、その様子もなんとも可愛らしい。
静かな午後を邪魔されて、さらにわけのわからないことを言われて、三蔵の機嫌は降下していたのだが。

「あのな、猿。いまは暇かもしんねぇが、そのうちまた書類が来るんだよ」

笑いを堪えて三蔵は説明する。

「……そうなのか?」

と、先ほどまでの勢いはどうしたというほど、悟空はしゅんとなる。

「せっかく三蔵と一緒に出かけられると思ったのに」

ぽつりと淋しげに呟く。しょげている様は見てて可哀想になってくるほどだ。
そういえばこのところ忙しくて朝と晩に顔を合わせてはいたが、ろくに話もしていなかったことに三蔵は気づいた。
そんなに一緒に行きたかったのだろうか。
ふっ、と息をつく。俯いている悟空の頭に手を置いた。

「ま、でも、このままフケちまうってのもアリだけどな」

ぱっ、と悟空の顔があがる。

「面倒だ。寺のやつらに見つからずに、外に出れるか?」
「大丈夫! 抜け道、見つけた!」

すごくわかりやすい。萎れた花が、瑞々しく生き返ったようだ。満面に笑みが浮かんでいる。

「じゃあ行くぞ」

用意するものはなにもない。
ふたりそろってそのまま執務室から出ていく。

「楽しみ〜♪」

浮き浮きと足取りも軽く悟空は三蔵を先導していく。

「肉まん、あんまん、餃子、叉焼♪」

節をつけて歌うように言う。

「酢豚、回鍋肉、青椒肉絲〜♪」
「あ?」

それを聞きつけ、三蔵は微かに眉間に皺を寄せる。

「え? だってうまいもの食べに行くんだろ? 楽しみ〜♪」

……つまり、悟空の目的は。
三蔵の眉間の皺が深くなる。
が。

「ま、猿の食い意地はいまに始まったことじゃねぇか」
「へ?」

低い呟き声は悟空の耳に届いても、なにを言っているのかわからなかったようだ。
可愛らしく小首が傾げられる。

「とりあえず今日は街に泊まりだ、猿」
「え? 大丈夫なのか?」
「あぁ。どーとでもなる。好きなだけ、好きなものを食えばいい」
「マジに?」

キラキラと金色の目が輝く。

「あぁ。その代わりな」

――食った分だけ食わせろよ。

そんな言葉は口には出さず。
あれもこれも、と楽しそうに数え上げる悟空の横で、最高僧さまは微かな笑みを唇に刻んだ。


イラスト:銀さま/with Ag  文:宝厨まりえ


きっかけはTwitterでした。
お話しているうちに悟空が「嘘つきっ!」って言って三蔵の胸をばしばし叩いてたら萌える…という流れになりまして、それで書いてみたものでBlogSSにあげてありました。
実は「嘘つきっ!」っていう話にあんまりならなくて敗北感を抱えていたのですが、Twitterでお話の相手をしてくださっていた銀さまよりイラストがっ!
いつもお忙しいのに、つきあわせてしまってスミマセン!
イラストをいただけたら、これはこれでありなのかも…とか現金なことを考えたり(^^;
それにしても可愛いですよ。ほっぺ、ぷくーのごくーたん!
最高僧さま、マジメな顔して突いているものと思われます(笑)
それにしても本当にこんなコが近くにいたら和むだろうなぁ。しかも…
街でたらふく食べたあとにどうなったのか、とご想像にお任せします(笑)
銀さま、愛くるしいイラストを本当にありがとうございました。