It tastes sweet


「・・・わっかんねェ・・・」

ほぅ・・・と机に両肘をつき、幼さの抜けきらない手に丸い顎を乗せたままじっ・・・と金色の瞳を見開き、深い溜め息と共に悟空が呟く。

「・・・何を一人でほざいてやがる」

不躾な悟空の視線に苛立ちを隠そうともせず、じろりと冷ややかな視線を向けるとドスの効いた低い声で三蔵が言い放った。

「なぁ・・・ウマいの、それ?」

「あァ?」

さも面倒臭そうに三蔵が聞き返して来る。

「だから、タバコ」

窓枠に腰掛け新聞片手に煙草を燻らせていた三蔵の口元を指差し、小首を傾げながら不思議そうに聞いてくる。

この煙草が無ければ窓枠に腰掛け書物に視線を落とした三蔵の姿は、清廉な魂を宿した麗しい姿の最高僧様・・・なのだろう。
しかし、三蔵から切っても切れぬ縁で繋がっているのが、この紫煙の源で。

仏門に帰依し、己の煩悩を厳しい修行にて捨て去ったはずの坊主が、最たる嗜好品の煙草をかなりの頻度で嗜んでいると云うのは、如何なものか。
その僧侶にしては美し過ぎる美貌と、煙草というある意味煩悩の象徴が絶妙なバランスで成り立っている・・・それがこの仏僧会の最高僧、玄奘三蔵法師そのものである事に間違いはない。
ましてや「禁酒・禁煙・禁欲」などと唱い、有り難い説法を至極真面目な顔で説いて回る三蔵など想像もつかないし、まかり間違ったとしても決して見たくなど無いものだ。

「・・・さあな」

ふぅ・・・と紫煙を吐き出しながら、くだらないと言わんばかりに三蔵が答えた。
悟空はとてとてと三蔵の座る窓際まで近づき、大きな金色の瞳でじぃっ・・・と三蔵を見上げてくる。

「なぁ、俺も吸ってみたい」

窓際に両手を付き、何の遠慮も警戒心も抱かずに三蔵へと近づく幼い姿。

・・・何も知らないという事ほど、不用心で迷惑な事この上無い。
そんな無防備な姿では、襲って下さいと言わんばかりではないか。

三蔵は心の中で小さく舌打ちをし、目の前にある新聞に集中しようとしたのだが。

「なぁ、三蔵ッ!なぁってばっ!」

無視を決め込む三蔵に苛立ち、悟空はガサガサと邪魔な新聞を押し退けると三蔵の膝の上によじ登り、跨がった格好で小首を傾げて座り込んだ。

「・・・ッ、てめえッ!」

突然目の前に現れた悟空の金色の瞳に一瞬だけ三蔵の紫暗が見開かれるも、すぐさまいつもの不機嫌な顔を取り戻す。

「いいじゃんか、少しぐらい」

悟空は三蔵の口から煙草を引き抜くと、桜色の小さな口にパクリと咥え込んでしまった。
そのまま、すうっ・・・と思い切り強く息を吸い込む。

「・・・げほッ!げほ・・・ッ! 何だよ、これぇ〜っ!」

せっか咥えた煙草をすぐさま口元から離し、ゲホゲホと激しく咳き込んでしまった。

「それが煙草だ・・・ガキの吸うもんじゃねぇよ」

三蔵は呆れたように溜息を付くと、悟空の幼い指先から短くなった煙草を取り上げ、灰皿にねじ込んだ。

「・・・けほっ・・・だって・・・三蔵は美味そうに吸ってるじゃん・・・」

けほけほと小さく咳き込みながら、半ば涙目になってしまった金色の瞳で悔しそうに三蔵を見上げてくる。

「不味かったのか?」

フンッ・・・と鼻先で悟空の言葉を一蹴すると、新しい煙草を懐から取り出し、慣れた仕草で先端に赤い火を灯す。

長い指先が優雅な曲線を描き、少し伏し目がちになった紫暗を縁取る長い睫。
普段から見慣れている三蔵の姿に変わりはないのに、何故か悟空の胸がドキリと大きく脈打った。

「く、苦しいだけで・・・美味いとか不味いとか、わかんねぇよ」

慌てて言葉を返しながらバツが悪そうにふいッ・・・と顔を背けようとするも、一瞬早く三蔵の大きな手が悟空の丸い顎を掴み、上向かせてしまった。

「そうか・・・」

小さく呟いた口許から漏れる微かな紫煙の向こう、目の前に現れた深い紫暗の瞳に悟空の呼吸が一瞬止まる。






キラキラ輝く金糸の髪。

秀麗なカーブを描く眉。

綺麗な紫色の瞳。

スッと通った高い鼻筋。

形の良い唇

シャープな顎のライン。

モデルみたいに長くて綺麗な指。

透けるように白い肌。






この世の美しいもの全てを掻き集めたとしても、三蔵の美しさには敵わないだろう。

きっと、悟空が知り得る上で、最高に美しいモノ。






瞬きさえも忘れ、悟空は大きな金色の瞳を僅かに揺らしながら三蔵の姿を真っ直ぐに見上げていた。

「・・・綺麗」

ほぅ・・・という悩ましい溜息と共に呟かれた悟空の言葉。
既に声は蕩け、丸い頬は淡いピンクに染っている。

ほぼ無意識に呟かれた悟空の声音に、三蔵の紫暗が深さを増してゆく。

三蔵は何も言わず吸いかけの煙草を灰皿に捻じ込むと、両手で熱を持ち始めた悟空の柔らかな頬を包み込んだ。





三蔵の指先から香る、苦い煙草の香り。

でも、それが三蔵の香りで。

こうして嗅いでいると、途轍もなく甘く馨しい香りになってしまうのは何故だろう。





「悟空・・・」





低く、少し掠れたような三蔵の声。

じんじんと鼓膜を震わせ、悟空の意識を甘く柔らかく包み込む。





ゆっくりと閉じられる、深い紫暗の瞳。

悟空も誘われるようにゆっくりと瞼を落とす。

次に感じたのは、鼻先を擽る煙草の香りと、熱く柔らかな三蔵の唇。

初めは啄ばむように軽く重ねられた唇も、呼吸が苦しくなる頃には湿った音を響かせる深いものへと変化していった。

「ん・・・ふぅ・・・ッ・・・」

いまだ物慣れない悟空の口から漏れる甘い喘ぎさえも飲み込むように、三蔵はじわじわと更に追い詰めるような深い口づけを与えてゆく。
気が付けば、悟空の幼い手が三蔵の法衣をしっかりと握り締め、しなだれかかるように体を預けてくる。

布地越しに伝わるお互いの体温が、燃えるように熱い。

三蔵は悟空の項に長い指先を差し入れ、逃げられないよう柔らかな大地色の髪を指先にしっかりと絡め取る。

「んッ・・・んぅ・・・」

小さな口腔を余す所なく三蔵に貪られ、お互いの唾液が混ざり合い何度もやり取りが繰り返される。





体中が焦げ付いてしまいそうなほど、熱い三蔵の唇。

苦いはずの煙草の味も香りも、麻薬のように悟空の体を甘く蕩けさせてしまう。

それは三蔵が教えてくれた甘い、甘い、恋の蜜。

三蔵だけが与えてくれる、至高の甘味。





「・・・ふぁ・・・」

やっと解放された頃には、桜色だった唇が熟れた果実のように濡れて真っ赤に染まり、飲み下し切れない雫が糸となって丸い顎を伝い落ちていた。
すっかり力の抜けきった悟空をしっかりと抱きしめたまま、三蔵は額に、眦に、頬にと羽根のようなキスを繰り返し、器用な指先でしどけなく開かれたままの口許から溢れる甘露な蜜を掬い上げた。

「・・・ウマかったか、悟空?」

澄んだ紫暗の瞳を意地悪く綻ばせ、三蔵が蜜で濡れた指先で悟空の唇をなぞりながら聞いてくる。

「・・・うん・・・すっごく、甘い・・・」

きゅう・・・と法衣を掴む手に力を込め、恥ずかしそうに俯きながら悟空がぼそりと呟く。
唇を柔らかく撫でる三蔵の指先からも、仄かに煙草の香りが漂ってくる。
悟空は吸い寄せられるように赤い舌を覗かせると、三蔵の指先に絡まった蜜をぺろりと舐め取った。

この蜜が甘いなど、物理的には決して在り得ない。

しかし悟空は蜂蜜でも舐めるかのようにさも美味しそうに三蔵の指先をちろちろと舐め上げる。
その行為がどれほどまでに三蔵を煽っているのかなど、気付かずに。

金色の瞳をうっとりと蕩けさせ、甘える子猫のようにちゅう・・・と吸い付き、ゆっくりと目線だけを三蔵に向け、それはそれは可愛らしく囁いた。

「・・・ね、もう一回・・・キスして?」

丸い頬を真っ赤に火照らせたまま軽く小首を傾げ、甘い吐息を三蔵の指先に絡ませながら悟空が強請る。

「・・・おい」

今にも飛びそうな理性をギリギリのところで繋ぎとめ、三蔵が小さく呟いた。

「ダメ・・・?」

追い討ちをかけるように、悟空が金色の大きな瞳を困ったように揺らしながらごくごく小さな声で囁いた。

「・・・キスだけじゃすまねェぞ」

華奢な腰をぐいッと引き寄せると、淡いピンクに染まった項に唇を寄せ、低く掠れた三蔵の声が悟空の鼓膜を直接震わせた。

「いいから・・・ちゃんと三蔵を味わわせて・・・ね?」

三蔵の上に跨ったまま、少しだけ腰を浮かせると幼い両腕をめいいっぱい伸ばし、甘えた舌足らずな声で縋り付いて来る。
つん、と差し出された小さな唇は、ぷっくりと熟れて艶々と輝いていた。

三蔵は紫暗の瞳をすっ・・・と細めると満足げな笑みをその端正な顔に浮かべ、熱を孕んだ声音でしっとりと囁いた。

「上等だ・・・しっかり味わえよ、悟空・・・」

「ん・・・」

ゆっくりと重なる、二人の唇。
甘い吐息も、熱い喘ぎも、全てがお互いの体内へと注ぎ込まれてゆく。






衣擦れの音と共に仄かに香る、煙草の香り。
それは悟空の鼻腔を擽り、全身を甘い疼きの中へと引きずり込む。






決して甘くなど無いはずなのに。

頭の芯が痺れてしまいそうな程に、甘くて、切なくて。

どうしようも無くなってしまう。

ふわふわ、ふわふわ。

甘い甘いシロップの水面を漂っているみたい。






もっと、もっと蕩けさせて。

貴方の手で。

貴方の唇で。

貴方の熱い吐息で。



蘭 蘭子さま/汝愛-KNIGHT-


蘭子さまのサイト「汝愛-KNIGHT-」1周年記念でリクエストを受け付けていただけるということで、この機会を逃してなるものかとリクエストしてきました!
悟空がかわゆい〜O(≧▽≦)O こんなのがお膝のうえに乗ってきたら……その場で押し倒さなかった三蔵さまをちょっと見直しました。(←をい)
ほわほわと甘いし、ちょっとドキドキするほど艶っぽいし。
ものすごく堪能しました!
蘭子さま、ありがとうございました! そしてこちらこそ末長くよろしくお願いいたします。