庭の片隅に咲いている花を摘もうとした悟空の手が止まった。
三蔵の執務室に飾ったら綺麗だろう、と思ったのだが。
綺麗――の反対は汚い。汚い。不浄――…。
――不浄の輩が。
そんな言葉が耳の奥に甦る。
――お前はなぜそんな当然の顔をして三蔵さまのお傍にいるのだ?
――本来であればお前のような不浄な輩は尊い三蔵法師さまに近づくことすらできぬ筈なのだ。
――あの方はお若いから、不浄の者を傍に置く意味を本当にはわかっていらっしゃらない。
――お前のような不浄な輩に接していては、いくら三蔵法師さまといえども不浄に染まってしまうだろう。
――そんなことになったらどうなるか。
――それをよく考えて、自分の身の処し方を決めることだ。
凍るような冷たい目。
吐き捨てるように投げつけられた言葉。
綺麗なものを穢してしまう、堕としてしまう――。
この綺麗な花もまた――。
なんだか指先から黒いものが滲み出ているような気がして、摘めなくなってしまう。
悟空は、ぎゅっと手を握ると、のろのろと立ち上がった。
ここにいたらきっといろんなものを――。
唇を噛みしめる。
と。
「そんなところでなにをしてる?」
後ろから声がかかった。
振り向くとそこに三蔵がいた。
珍しく供の僧をつけていない。このところ三蔵の周囲には僧たちが張りついていて、昼間は碌に会話もできないようになっていたのだが。
「三蔵こそ、サボリ?」
どこかから抜け出してきたのだろうか。
「単なる休憩だ」
三蔵は袂から煙草を取り出す。
「で?」
促すような視線を投げかけてくる。
普通に――茶化すように言葉をかけてみたのだが、どこか様子がおかしいことがわかってしまったのだろう。
「別に……なんでもない」
すぅっと息を大きく吸って、にっこりと笑ってみせる。
「俺、遊びに行ってくる」
駆け出そうとするが。
「待て」
制止の声がかかった。思わず悟空は足を止める。
そして。
「どうした?」
手が伸びてきた。
「触っちゃダメだ」
咄嗟に悟空は身を捩る。と、三蔵が怪訝そうな表情を浮かべた。悟空は顔を伏せ、ぽつりと呟いた。
「俺は不浄の存在だから」
眉間に皺を寄せ、三蔵が大きな溜息をついた。
そのままなにも言わず。
「三蔵?!」
いきなり引き寄せられて、悟空は驚いたような声をあげる。
だが、もっと驚いたことに。
「そんなことねぇよ」
という言葉にとともに、金錮にふわりと唇が押しあてられた。
驚きすぎて、悟空は固まったように動きを止める。
が。
やがて。
胸の奥からじわじわと温かなものが滲み出してくる。
三蔵は全然、不浄だなんて思っていない――。
「あの、さ……」
袖口を掴み、悟空は三蔵を見上げる。
「いまのもう一回、いい?」
囁くように言えば、三蔵の目が見開かれた。
そんなことを言われるとは思ってもみなかったのだろう。
とても嬉しかったから、もう一回触れて欲しかったのだけど。
やっぱり無理かな。
なんだか恥ずかしくなって、悟空は目を伏せる。
が。
そっと後頭部に手がかかり、三蔵が近づいてくる気配。
さきほどのは勢いだったのだろうか。
ほんの少しぎこちなく、三蔵は悟空の金錮に唇を落とした。