夢のあとさき


 ふと気がつくと、どことも知らぬ場所に立っていた。
 涼やかな風が吹き抜けて、足元の草を揺らしていく。
 柔らかい草の感触。降り注ぐ優しい光。
 あぁ、夢だ、と思う。
 夢のなかで夢だとわかる夢。

 辺りを見回す。
 一面の草の原。遠くに青く山が霞んで見える。
 静かだ。
 時折、草がサワサワと風にそよぐほかは、なんの音もしない。
 植物以外に、生きているものは何もないかのよう。
 空気は澄んで、空は晴れ渡り、こんなにも綺麗なところなのに。

 なんだか、寂しくなった。

 と、ふいに目の前を、薄紅色の欠片が掠めていった。
 薄紅色の――花びら?

 花びらが漂ってきた方向を振り返る。
 少し隔てたところに、大木が立っていた。
 雪が降り積もったかのように、枝々にこんもりと花をつける大木――桜。

 胸のうちに何かが湧き上がってくる。
 予感のようなものを抱いて、桜の木に向かって走りだした。
 近づくにつれ、心臓がドキドキとしてくる。それは、走っているからではなく。
 桜の下に、誰かいる。
 金色に輝く光。
 あれは――。

「――っ!」

 声も無く、飛びついた。
 懐かしい、懐かしい、金色の光。

「ったく。うろちょろするなって言っといたろうが」

 呆れてるようだけど、少し心配してくれていたような声。
 腰の辺りにぎゅっと抱きついても、いつもみたいに鬱陶しがらない。
 ぐっと頬を押しつける。
 涙が溢れてきそうになった。

「一人はぐれて心細かったのか?」

 笑いを含んだ声が上から降ってきて、くしゃりと髪をかき混ぜられる。
 見上げると、唇の端を吊り上げた、茶化すような表情が目に入った。

「こら。からかっちゃダメですよ」

 その人影の後ろから、たしなめるような声がした。
 近づいてきて、座り込み、目線を合わせてくれる。
 そっと手が伸びてきて、目に溜まっていた涙が拭われた。
 優しい笑顔。

 ぐるっと3人の顔を見回して。

「みんな、いるんだね……」

 呟いた。

「約束、しましたからね」

 軽く頬を撫でられた。

「針千本、飲まされたら、敵わねぇからな」

 もう一度、髪をかき回される。

 そして、最後の一人を振り仰いだ。
 その人は、言葉も、触れてくれることもなかったけど。

「……ずっと、一緒?」
「あぁ」

 聞くと、穏やかな笑みを浮かべて、頷いてくれた。
 凄く安心した。

 ここにいるんだ、みんな。
 ずっと一緒にいるんだ――。



■  □  ■



 ふと、目が覚めた。
 まだ辺りは薄暗く、鳥の鳴き声もしない。
 静かな、静かな、朝。

 硬い岩の上で身を起こす。
 手を伸ばして、入り口を塞ぐ岩に手をかけた。
 ここから先には行けない。
 ここからは出られない。
 外の世界は目の前に広がっているのに。
 ここに囚われたまま、また繰り返される一日。
 こんな静かな朝には、いつも胸をかきむしりたくなるような思いが込み上げる。

 誰も――。
 誰もいないのだ、と。

 でも、今日は違っていた。
 胸の中に、ぽぅっと暖かいものが宿っていた。

 それは小さな光。
 金色に輝く光。

 どうしてだかわからない。
 夢を見ていたからかも。
 目覚めると同時に、記憶から消えてしまった夢。
 それでも、良い夢だったのだと、心が告げていた。
 そっと、胸の中の光を抱くかのように、腕を抱え込んだ。

「今日は、何かいいことがあるかも」

 声に出して、呟いた。

 閉じた目の裏に光を感じ、朝日が差し込んできたのがわかった。
 金色の太陽。
 この光がなければ。
 そう思うこともあるけれど、だけど、心惹かれずにはいられない金色の太陽。
 胸に宿る光と同じ色。

 いつか。
 いつか、ここを出て。
 そして、触れるのだ、あの金色の光に。

 いつか、必ず――。


「――おい。俺の事をずっと呼んでいたのは、お前か?」
「……え?」
「うるせぇんだよ。いい加減にしろ」
「俺……誰も呼んでねーけど……
あんた、誰?」

「連れてってやるよ…――仕方ねぇから」




すみません。なんか、ありきたりの話になったような。
想像力不足にて、このお題には、どうしてもこういう展開の話しか書けませんでした。もうちょっと想像力を働かせようよ、自分…。せっかくの綺麗なお題なのに。すごすごすご。(退場)