刑事もの


赤く燃える夕日。
「綺麗、だね……」
ほっと息を吐き出すように悟空は呟いた。
夕日の照り返しで赤く染まるその姿。
――否。赤く染まっているのは、夕日のせいでだけはない。
「……なんて顔してるんだよ。突入しようって決めたとき、こういうリスクを考えてなかったわけじゃないだろ」
見上げる顔に、悟空はクスリと笑ってみせる。
横に立つ三蔵の、いつもは涼しげなポーカーフェイスが、このときばかりは崩れ、苦渋に満ちた表情が浮かんでいた。
「それでも、綺麗なんだね」
悟空はくすくす笑い、それが響いたのかちょっと顔を歪めて、腹を抑える手にぎゅっと力を入れた。
そこから流れおちるのは、夕日よりも赤い血。
「俺はね、いいの。満足だから。人質が助かって良かった」
銃を持った男たちが銀行強盗に失敗し、追われ、住人を人質にして民家に立て篭もったという一報が桃源署に入ったのは30分ほど前。
なぜかやたらと事件の多い日で、そのときにその場にいたのは、悟空と、悟空が研修担当している三蔵のふたりだけだった。
ふたりは現場に駆けつけ説得を試みたが、男たちはかなり興奮しており、逃走手段を用意しなければ持っている爆弾を爆発させると脅してきた。
しかも時限式で、色よい回答が貰えないのならば、15分後に爆発するという。
時間がなかった。
桃源署からは、もうすぐ応援が駆けつけてくる。だが、こういう事態に対応する特殊部隊は別のもっと遠い場所にいるから、到底間に合いそうにもない。
時間をかければかけるだけ不利になる。
そう判断したふたりは、強硬に突入することを決め、そして――。
「もうすぐ救急車が来る」
全然役には立たないとわかっていても、三蔵は上着を脱ぎ、悟空の腹にと押しあてた。
「……もっとちゃんと教えてあげられればよかった」
ふぅ、と息をついて、悟空が囁いた。
「充分だ。現場のことは、現場でやってるヤツに聞くのが一番なんだから。あんたは一流の刑事だ」
その言葉に、淡い笑みが悟空の顔に浮かんだ。
「ありがと……」
だが、ふっとその瞳が翳る。
「良い刑事になって……ね……」
そして、すぅっと目が閉じていった。
「おいっ!」
三蔵が、叫ぶように呼びかける。
だが、答える声はなく。
「……っ」
三蔵は、声なき声をあげて、低く首を垂れた。
夕日は沈みきり、あたりはゆっくりと暗くなっていくなか、しばらくじっと動きを止めていた三蔵が顔をあげた。
沈痛な面持ちのまま、そっと悟空の頬に手をかける。
そして、顔を近づけ――。


「うぎゃっ!」
と、突然、悟空が跳ね起きた。
「カーット!!」
そして響くのは苛立ちのこもった大きな声。
その声とともに、どこに潜んでいたのか。わらわらと周囲に人が出てきて動き始めた。
そう。
少し、引いてみてみれば。
ここはスタジオ。
この秋から新しく始まった刑事ドラマの撮影現場であった。
「な、な、な――っ!」
そのセットの真ん中で、顔を真っ赤にして、悟空は両手で口を抑えていた。
まともな口を聞けないでいるその横を、監督の悟浄が通り過ぎ、三蔵の目の前にと立った。
「なにやってるんだよ、お前は。キスシーンなんて台本にねぇだろっ」
手にしたメガホンを振って、三蔵に抗議する。
「アドリブだ」
しれっという感じで三蔵は答える。
「なにがアドリブだ。男同士のキスシーンなんて、テレビで流せねぇだろうが」
「そーだよ! なに考えてるんだよっ!」
ようやく驚きから立ち直ったのか、悟空が隣で喚き出す。
ふぅ、と三蔵は面倒臭そうにため息をついて、悟空を指し示した。
「俺はこいつを気に入っている」
「……つまり、降ろしたくねぇってか? しょーがねぇだろ。さらなる視聴率アップのために、もうひとり美形をいれて、新しくお前とコンビを組ませなきゃならんのだから。そしたら、今、コンビを組んでる刑事さんにはご退場願わなくちゃならない。テレビドラマの世界は厳しいのよ」
「視聴率なんか関係ねぇ。あいつと組むなんてごめんだ」
「我儘もたいがいにしろよ。視聴率が関係ないわきゃねぇだろ」
「三蔵、焔のこと嫌い?」
いい合いを始めたふたりの間に、小首をかしげるようにして悟空が入ってきた。
焔とは、三蔵と若い女性の人気を二分する俳優である。
ふたりは二年ほど前にテレビドラマで共演したことがあり、そのときは驚異的な視聴率を叩きだしたのだが、それ以来、同じ仕事をしたことはない。
一説には、不仲であるともいわれていた。
「……お前、あいつのことを知ってるのか?」
心持ち、低い声で三蔵が尋ねた。
「うん。何度か一緒に仕事したことあるから。ちょっと変わっているかもしれないけど、別に悪い人じゃなかったけど」
「ってかさ、お前、渡された台本、読んでるんだろ。こんな土壇場じゃなくて、なんでそん時にいわねぇの。そしたらまだなんとかなったかもしんねぇのに」
「あぁ、三蔵は現場にくるまで台本は読みませんから」
なんだかかみ合っているんだかいないんだかの会話に、さらにもう一人、三蔵のマネージャーの八戒が加わってきた。
「どうしました? なにかトラブルでも?」
「トラブルもなにも、おたくんトコの俳優さんが勝手してくれちゃうせいで、滅茶苦茶なんだよね」
「おや。それは失礼を。三蔵、いったいなにが……」
「うっせぇ、ちょっと黙ってろ」
眉間に皺をよせ、今度こそ不機嫌な声で三蔵はいい放った。
そして、改めて悟空の方を向く。
「おい、猿」
「猿じゃねぇ。何度もそういってんだろっ」
「なんでもいいが、さっきのキスはどうだった?」
「は?」
目を丸くし、やがて質問の意味がわかったのか、悟空の顔はまた茹で蛸のように真っ赤になった。
「ど、どうって、そんなのわかんないよ! だいたい、なんだって、あんな――」
「そうか、わかんなかったか。じゃあ、今度はちゃんとわかれよ?」
畳かけるようにいおうとする悟空の言葉を遮り、三蔵は悟空の腰に手を回すとぐいっと引き寄せた。
「なに……?」
ぱちくりと見開かれる目。
構わずに、三蔵は悟空の唇を奪う。
「っ!」
驚いたように悟空は身をよじるが、腕のなかに閉じ込められていては身動きが取れない。
それをいいことに、三蔵はさらに深く唇を重ねた。
微かに悟空の身が強張る。
濃厚なキス。
それは傍で見ている方が、恥ずかしくなるような、執拗で激しいものだった。
やがて唇が離れると、悟空は三蔵の方にと崩れ落ちた。
それを抱きとめ、耳元に囁く。
「どうだった?」
「……」
ものもいえずに見上げてくる金色の目は、膜を張ったかのように涙を浮かべ、甘い色に溶けている。
それを見て、三蔵は満足そうな笑みを浮かべた。
「今日からお前は俺のものだ。誰にも渡さねぇ。それから、河童」
三蔵は赤い髪の男の方を振り向く。
「台本、書き直せ。こいつが出ねぇなら、俺も降りるからな」
「そんな勝手が――おい、こら、人の話を聞けよ! どっかにしけこもうとすんなっ!」
悟空の肩を抱いて歩き出した三蔵の背中に悟浄の空しい叫び声が響く。
ふぅ、と悟浄の隣からため息が聞こえてきた。
「しょーがない人ですよね。あ、ちなみにあの人、やるといったら本当にやりますから、台本、考えた方がいいですよ」
その言葉に悟浄は頭を抱える。
「いっそのこと、三角関係にしちゃえばどうですか? 悟空をとりあって、三蔵と焔が火花を散らすとか。いや、もちろんテレビでできる範囲で、それとなくって感じで」
受けると思いますよ、一部で。
などと笑顔でいうマネージャーに、悟浄はさらに頭を抱えた。


――ちなみにその後修正をくわえられたこの回は視聴率はまずまずで、関係者一同、ほっと胸を撫でおろした。
そして、ヤケクソ気味に悟浄が採用した、八戒の提案を入れた次回からの新展開に、なんと視聴率はうなぎ登りにあがっていき、最終回にその局の歴代ドラマのなかでも最高視聴率をマークするという快挙をとげた。
が、続編を、といわれて、監督は頑として首を縦に振らなかったという……。



うーん。思っていた「刑事もの」とは違うものではないでしょうか。ごめんなさい。
取り調べ室で、はちょっと難しかったので、こんな感じに。でももっとこう、アクションシーンとかあったり、のがそれらしかったかと思います…。
話の一部をとる場合、その中でも良いシーンが書けるようになりたいのですが。
むずいorz
もちっと、努力します。