百万回の……
「好……き……」
ともすればあがってしまいそうになる息をどうにか抑えて、悟空は言葉を紡ぎ出した。
「好き。……大好き」
はぁ、と甘く息をつく。
「好きだよ……」
涙のせいで霞む目を瞬く。
ぼんやりと綺麗な姿が映り、ふわりと悟空は笑みを浮かべた。
「好き……」
もう何度囁いたかわからない言葉。
それしか知らないかのように、ただそれだけを悟空は繰り返す。
「……好……き……っん」
と、うるさいとでもいうように、三蔵の指が滑った。
戦慄く体。
真っ白に塗りつぶされる意識。
だけど。
「好き」
それでも、悟空はただその言葉だけを繰り返し囁いた。
ふっと、嗅ぎなれた香が漂ってきた。
ぱちっと、悟空は目を開ける。
さらりとしたシーツの感触。
だけど、体はまだ重く、しっとりと汗ばんでいる。
まだそんなに時間はたっていないらしい。
意識が遠のいていたのは、ほんのちょっと間。
悟空は香のもとに手を伸ばして、それをとりあげた。
「……ふざけてるのか」
突然、煙草を奪われた三蔵が不機嫌な声をあげる。
悟空が起きたのには気づいていたが、意表をつく行動には対応できなった。
「ふざけてない」
悟空はきっぱりとそういうと、吸い始めの、ほとんど短くなっていない煙草を灰皿に押しつけた。
「口淋しいなら、俺にしなよ」
それから伸びあがって、三蔵の唇に自分の唇を重ねる。
三蔵は一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、挑発するような強い光を浮かべる金色の目と目が合って、軽く笑みを刻んだ。
引き寄せ、離れた少しの距離をつめる。
「……んっ」
唇に舌を這わせると、悟空は鼻にかかった甘い声をあげた。
そのまま唇を割って口腔に侵入すると、待ち構えていたかのように舌が絡んでくる。
何度かそれに応えるが、すぐに少し引くと、思っていた通りに舌が追ってきた。
自分の方にと誘いだした舌を吸い上げ、先端を軽く甘噛みしてやると、悟空の体が微かに震えた。
痛みのせいではない。
力が抜けていく体をどうにかしようと、ぎゅっとしがみついてくる悟空の背を支え、三蔵は寝台にと悟空を押し倒していった。
そっと、壊れものを扱うように寝台に横たえると、安心して力を抜く悟空の口腔を再び探る。
何度か角度を変えてキスをするたびに、濡れた音が室内に響く。
合間に零れる甘い吐息で、部屋の空気も甘く変わってしまうのではないか、などと埒もないことを考える。
そうやって、柔らかな唇を存分に味わって、やがてキスを解くと、はふっと悟空が息をついた。
なんとなく子供じみた仕草に、ほとんどわからないくらいの笑みを浮かべ、三蔵はうっすらと赤く染まった悟空の目もとに軽く唇を落した。
触れるとともに、悟空はくすぐったそうな、幸せそうな笑みを浮かべた。
「さっきのはなんだ?」
羽のようなキスを何度も落としながら、三蔵が聞く。
「さっきの?」
うっとりと軽く目を閉じてそれを受けていた悟空が瞼をあげた。
「とぼけるな」
吸いこまれそうになる、澄んだ大きな金色の瞳をまっすぐに見つめて三蔵がいう。
「あー、ダメか」
くすり、と悟空は笑い、腕を伸ばして三蔵を引き寄せた。
「好きだよ」
軽くキスをしていう。
「何回も繰り返してれば、そのうちいうかと思ったんだけど、洗脳されて」
「洗脳なんて、されるわけねぇだろ」
「素気ないなー。ま、洗脳しなくても、俺のこと、好きなのは知ってるけど」
「……」
にっと笑っていう悟空に、三蔵はどこか呆れたような表情を浮かべるが口に出してはなにもいわない。
「すごく好きだよね、三蔵は俺のこと」
「……都合のいいこと考えてんじゃねぇよ」
黙っているとなにをいわれるかわかったものじゃない。
そう思ったのか、今度の言葉には、眉を寄せ、思いきり渋面をつくって三蔵が答える。
が、悟空は堪えた様子もなく、くすくすと笑いだした。
「意地っぱり」
それから、また三蔵を引き寄せると、抱きしめた。
首筋に顔を埋める。甘えた仕草で、動物のように鼻先をこすりつけた。
「でもね。たまには言葉が欲しいこともあるんだよ。だから、ね。何回いったら、ちゃんと答えてくれる?」
そっと離して頬に手を添え、悟空は軽く三蔵の唇にキスを送る。
「何回、こうしてキスしたら、ちゃんといってくれる?」
深くなる眉間の皺に、軽く笑うと悟空はそこにもキスを落とした。
「百万回?」
「……どうだかな」
するりと三蔵は悟空の内腿に手を滑らせた。
繊細な指がもたらす感触を息をつめてやり過ごし、悟空は潤む金色の目で三蔵を見上げた。
「百万回好きっていって、百万回キスするから……そうしたら、ちゃんといってね」
熱くなる吐息とともに囁く。
――そして、それができるくらい、ずっと長く一緒にいてね。
乱れる呼吸に囁き声にもならなかったその声が聞こえたのか。
ふいに三蔵の手が悟空の手に重なってきた。
絡めた指を強く握られ、悟空は柔らかな笑みを浮かべた。
「……好き―――」
囁いた言葉は、塞がれた唇の間に消えていった。