少し寒い朝だった。
でも、冬によくあるように空は綺麗に晴れていた。
早朝の、ほとんど人通りのない道を駅まで手をつないで歩いた。
行ってくるね。
そういって地下にある駅に向かうために階段を降りていった。
四、五段、降りたところで振り向いて手を振って。
微かに苦笑しているようなその姿の向こうに、澄んだ青い空が見えた。
それは、よくある日常の風景だった――。
なくなってしまうなんて、思いもしなかった。
晴れた空の下を一緒に歩いたあの日をおぼえてる?
もう倒れこんでしまいたい衝動と戦いながら、一歩一歩前にと進んだ。
体も、そして心さえも疲れきり、なんだか感覚までもおかしくなっていた。
頭がぼぅっとして、歩いているんだが、そうでないのかもよくわからなくなっている。
もしかしたら、もうとっくに意識を失って道端に倒れ、それで夢を見ているのかもしれない。
夢のなかで、歩き続けているのかもしれない。
それよりも。
このこと全部が夢なのかも――――
あぁ。
それだったら、どんなに良いか。
胸を突く渇望に、ほんの少し感覚が戻る。
目に映るのは荒れ果てた風景。
どうしてこんなことになってしまったのか、普段あまりニュースを見ない俺にはわからない。
でもたぶん、そんな予兆なんかなかったと思う。
突然、すべての日常は崩れさった。
あの日、電車でおばさんのところに向かっていた。
急ぎ手伝ってほしいことがあるからといわれて。
名目上は俺の保護者になっていながら、その実、結構好きにさせてもらっていることもあって、おばさんの頼みは断れない。
でも、嫌々というわけでなく、かなり豪快なおばさんと話すのは面白いから、2、3日、行ってくるね、となんの気なしに出かけた。
おばさんのところまでは、電車を乗り継いで3時間近く。
ちょっと時間はかかるけど、一応、隣の県だし、ものすごく遠いってわけでもない。
――そう思っていた。
そして、電車がトンネルに入ったとき。
ものすごい衝撃を受けた。
床に投げ出された。
なにがなんだかわからなかった。
なにかにぶつかったとか、脱線したとか。
そんなことを考えた。
だけど、実際はそうではなくて。
実際は、それよりももっとひどいことで。
どうにか電車から抜けだし、トンネルの出口を塞いでいた岩の隙間からも苦労して這い出して。
それで初めて。
辺りの風景が一変していることがわかった。
崩れ落ちた建物。
無残に引き裂かれた大地。
初めはこれが現実の風景だとは思えなかった。
映画のセットのなかに紛れ込んでしまったのだろうか、と真剣に思った。
あまりに非現実的で。
あまりに受け入れがたい――事実。
この風景が変えようのない現実だと悟ったとき、胸がひきつるように痛んだ。
どうしているのだろう。
あの人は。
無事なのだろうか。
そして。
帰らなくては――。
ただ、それだけを思った。
だから歩き出した。
一歩、一歩。
自分の足で。
歩いても歩いても。
廃墟のような風景は変わらない。
もうどのくらいの日にちがたったのかもわからなくなってしまった。
そのなかで、ふと脳裏に浮かぶのは青い空。
それと、鮮やかなあの人の姿。
もう一度、あの日常が戻るとは思えない。
だけど。
実をいうと、そんなのはどうでも良かった。
もう一度、あの人に会えれば。
世界の外側がどんなでも構わない―――――。
だから。
ただ、あの人のことを思い、一歩。
また一歩と歩いていく。
そうして。
あの人に会えれば。
手を繋いで歩いたあの日は、運命の分かれ目ではなく。
ただの思い出のひとつになる。
――ねぇ、晴れた空の下を一緒に歩いたあの日をおぼえてる?