どうしても譲れない。


講堂に向かう光り輝く姿が見えた。
「三蔵っ」
呼びかけて走り出す。
「おかえり」
居並ぶ僧たちの間をすり抜けて、その前に立つ。
見上げる姿は凄い綺麗で。
ほわって感じになる。
けど。
ちょっと眉が顰められて。
あ、ヤバいかな、と思う。ハリセンが降ってきそう。
身構えるけど。
「三蔵さま……」
遠慮がちな声がした。
ふっと三蔵の視線が外れて、声をかけてきた僧の方に移る。
「報告をすませたら、またすぐに出る」
「わかりました」
僧は一礼した。
「ええぇぇー?! ちょっと、三蔵っ」
歩きかけた三蔵の法衣の袖を捕まえる。
「なんで? また出かけんの?」
「なんでもなにもねぇだろ。つうか、泥まみれの手で触るな」
スパーン、と今度は身構える間もなくハリセンを落とされた。
「いってぇ。三蔵のハゲっ」
反射的に頭に手を当てて言うと、再び間髪も入れずに無言でハリセンが降ってきた。
うー。
「も、なんだよ。心配してるのにっ。三蔵、最近、働きすぎだし出かけすぎっ。少しは休めよ」
ぷぅっと膨れる。
と、一瞬、間ができた。
三蔵のみならず、なんか周囲の坊さんたちも固まってる?
なに? と思っていたところ。
三蔵の手が伸びてきた。
またはたかれるのかな、と思ったんだけど。
くしゃり、と髪をかきまぜられた。
「帰ってきたら少し休む」
「待ったっ!」
法衣を掴むとまた怒られるかもしれないので、三蔵の行く手に回りこむ。
「俺も行く。一緒に行くかんなっ」
「……どこ行くか、わかってねぇだろう」
「それでも行くっ」
絶対、ついていく。
強く念じるようにして、三蔵を見つめる。
と。
三蔵は、諦めたようにひとつ溜息をついて。
「報告すませたらすぐ出発するから、それまでに用意しておけ。出るときにいなかったら置いてくぞ」
すっと横を通り抜けていく。
「わかったっ!」
遠ざかる背中に元気よく答えた。



たかたかと、廊下を走って外にと向かう。
用意っていったって、別になんにもない。
手を洗って、汚れた服を着替えるだけ。
だからものの5分もかからずにすんだ。
三蔵の方が絶対遅いと思うけど、でも遅れたらホントに置いてかれるんで、ちょっと急ぐ。
廊下を曲がったところで。
「わっ」
人とぶつかりそうになった。
「ご、ごめんっ」
すんでのところでぶつかるのは回避したけど、その人が手にもっていた書類らしきものが床に散らばって、慌てて拾うのを手伝う。
「はい」
拾った分を渡そうとしたところ、なんか別のところから声がした。
「なにをしてるんだ、お前」
棘を含んだ声に振り返ると、見知った顔が目に入った。
別に見知りたくなかったんだけど、なにかにつけ難癖をつけてくるヤツで。
顔を見ただけでうんざりとした気になる。
ので見ないことにして、書類を落とした僧に渡す。
「ごめんな」
もう一度謝って、難癖をつけてくるヤツはムシして行こうとするけれど。
「ちょっと待てよ」
……増殖しやがった。
いつのまにかさらに二人増えて、廊下を塞ぐように立ちはだかれた。
通せんぼかよ。
「お前、最近、いい気になってるんじゃないか」
で、予想に違わず難癖をつけてくる。
もう。この時間がないときに。
「三蔵さまは三仏神のご命令で出かけるのだぞ。物見遊山じゃないんだから、少しは遠慮しろよ」
「そうだ。お前がついていったところで役に立たないくせに」
「あんたたちよりは役に立つよ」
口で喧嘩しても不毛だから、いつもは黙っているんだけど、なんかムカついて言い返す。
だいたい、これ、ホントのことだし。
「なにを」
途端に3人は気色ばむ。
「妖怪風情が偉そうなことを。お前のどこか三蔵さまのお役に立っているというのだ? 迷惑をかけてばかりじゃないか。それなのに、当然の顔をして三蔵さまのおそばいるなんて。少しは身の程をわきまえろ」
「別に力づくで追いだしてやってもいいんだぞ。おまえなど、この寺院には必要ないんだから。むしろいること自体が邪魔だ」
「お前がいようといまいと三蔵さまだって気にはなさらないだろう。ただご自分が拾ってきたからという理由でここにおいてやっているだけだ。それに気付けよ」
3人とも詰め寄るようにして、次々と捲し立てる。
「……関係ねぇよ」
ひどく不機嫌な気持ちになってくる。
言われた内容についてではなく。
こういうことはしょっちゅう言われているから、いまさらだ。
だからといって、慣れるわけではないけれど。言われれば当然、嫌な気持ちになる。
でも、いまは。
あぁ、まったく、と思う。
こんなところで時間をとられているわけにはいかないのに。
「お前たちや他の人たちがどう思おうが関係ない。俺は三蔵のそばにいる。他のすべてをあきらめても、それだけは譲れない」
言葉自体に力を込めるようにして、強い調子で宣言する。
このことについてだけは、だれにもなにも言わせはしない。
「どけよ」
一歩、前に進むと、3人は一歩、後ろに退いた。
だが。
「これは本当にここで追い出した方が三蔵さまのためだ」
蒼白な顔をしながらも、踏みとどまる。
「そんなことを思っているなんて、絶対に三蔵さまの御為にならない」
わが身を犠牲にしても、というやつだろうか。
そんなことをしたって、三蔵は喜ばないだろうに。
本当に嫌なら、三蔵は自分でケリをつける。
「やれるものならやってみろよ」
逃げてしまえばいいものを。
なんだかだんだんと面倒になってきた。
それにこんなことをしてる間に、三蔵はさっさと出発してしまうかもしれないし。
出るときにいなかったら、置いていく。
そう言っていた。
置いて行かれるのは―――嫌だ。
絶対に、嫌だ。
だから。
すぅ、と軽く息を吸う。
いつもなら、怪我をさせないように手加減するところなんだけど。
いまは――。
「いい加減にしたらどうです?」
でも、静かな声がした。
一歩前へ踏み出そうとしたところで、足を止めた。
すっかり忘れてたけど、さっき、書類を拾って渡した僧がまだそこにいた。
「あなた方はこのようなところで時間を潰している暇はないはずです。早く仕事に戻った方がいいんじゃないですか?」
その言葉に、ふっと息をついた。
と、辺りに立ち込めていた空気が和らいだのが肌でわかったのだろう。
動くに動けずに固まっていた3人が、呪縛から解けたようにはっとした表情を浮かべた。
それからなにか口のなかでもごもごと言って、逃げるように立ち去っていった。
それを見て、もう一度息をつく。
「ありがと……」
そして呟くように礼を口に乗せた。
「礼を言われるようなことはしていません。別にあなたのためにしたことではありませんから」
だけど素っ気ない答えが返ってきた。
ま、予想はしていたことなので、気にはしない。
もともとこの僧は三蔵のそばでよく見かけるんだけど、俺に対しては完璧無視って感じだったから。
それでも、この僧が止めてくれなかったら、どんなことになっていたかわからないので、礼を言いたい気持ちは本当だった。
あの言葉で、少し頭が冷えた。
こんなところで騒ぎを引き起こしたら、連れていってもらえなくなるどころか。
三蔵のそばにさえいられなくなっていたかもしれない。
「急いだ方が良いんじゃないですか? そろそろ三蔵さまも報告を終えられる頃でしょう」
「あ、うん」
走り出そうとして、ふと振り返る。
と、微かに笑みが浮かぶ顔が見え。
だが、それもすぐに向こうも踵を返して反対方向にと歩き出したので見えなくなってしまう。
一瞬だけ。
なんか不思議な感じがしたけど、わからないまま三蔵のもとにと急いだ。





それから月日は流れ。
「西へ行くことになったんですってね」
「うん」
「とても長い旅になると聞きました。そして、とても困難な旅だとも」
「そうなのか?」
そんなの聞いてなかったし、問いかけると、クスリと笑われた。
「えぇ。でも、あなたには関係ないですね」
「そうだね」
どんなに困難でも。
三蔵が行くなら、ついて行くから。
「あなたは変わらないですね。最初はただのわがままで馬鹿な子供かと思っていましたが」
「なんだよ、それ」
ぷぅっと頬を膨らます。
「子供なのは、今も一緒みたいですが」
その言葉にますます膨れる。
くすり、とその人は笑った。
「気をつけて」
「ありがと」
挨拶を交わすと、あのときと同じ穏やかな笑みが浮かんだ。
それを見て、三蔵のもとにと走り出す。
あのときと同じように。


いつまでも変わらずどうしても譲れない場所に向って。



三空ですか? これ本当に三空なんでしょうか……ごめんなさい。
それよりこの僧、誰だろう。(聞くな>自分)
ごめんなさい。なんか本当に……ごめんなさい、です。