言葉にならない思い


雨。
降りやまぬ、雨――。



「ったく、なにやってんだよっ」

土砂降りの雨のなか、じっと空を見つめている三蔵に悟空は駆け寄り、その腕を乱暴に引いた。
途端に振り払われそうになるが、うまく力を逃がしてそれを阻止する。
腕を掴んだまま、悟空は三蔵の顔をじっと見つめた。

しばらくして、なにも映していないガラス玉のようだった三蔵の目が焦点を結んだ。
相手が悟空だと気づいたようだ。
というか、その前からわかってはいたはずだ。たぶん悟空以外のだれかであったのなら、腕を掴んだ瞬間に銃を突きつけていただろうから。
三蔵の眉間に皺が寄った。

「なんだ?」
「なんだ、じゃねぇよ。なにをやってんだって、俺が聞いてるの」
「……雨」
「へ?」
「雨、を見てた」

ぽつり、と三蔵が答える。その答えに、悟空が溜息とともに肩を落とした。

「別にいいけどさ。見るんなら、屋根のあるとこで見なよ」

三蔵は失われた聖天経文の情報を得て、どこかの街のどこかの商家に行ってたはずだ。
この様子だと、経文はなかった――どころか、有益な情報ですらなかったようだ。

三蔵がもうひとつの経文を探していることは、もうすでにその肩にひとつ、経文がかかっているのだし、一般の人は知らない。
が、ごく稀にその情報を得、それを利用しようとする者もいる。
三蔵をおびき出して害するためだったり、三蔵と懇意になりたいためだったり、その目的は様々だが、三蔵にとっては無駄足なので、どんな目的であっても迷惑このうえない。
だから情報は精査しているのだが、それでもすべて精査しきれるわけではない。
今回のは、そういうののひとつだったのだろう。

それでも普段であれば、こうはならないのだが。

――雨が。

「ほら、行くよ」

ぐいっと腕を引き、降りしきる雨のなか、悟空は三蔵を連れて寺院の方にと歩き出した。







「はい、座って」

こんな状態では出迎えの僧たちに煩わされるのも嫌だろうと、悟空はあまり人目につかない道を通って、こっそりと三蔵を寺院へと連れ帰った。私室に落ち着き、三蔵を椅子に座らせる。

「タオル、タオル」

その辺をひっかきまわしてタオルをとってその傍に戻ると、三蔵は窓の方を向いて降りやまぬ雨を見つめていた。
その頭に、ふわりとタオルを被せる。
まるで雨の風景を遮断するように。

「ちゃんと乾かさないと、風邪をひく」

ガシガシとタオルを動かす。

――見なければいいのに。

そうしながら、悟空は思う。
辛いのならば、見なければ良いのだ。だが、三蔵は敢えてそれを自分に課しているようなところがある。自分を痛めつけて――忘れないようにするために。

「はい、終わり。ちょっと待ってて」

もう良いだろうというところで手を止めて、タオルを被せたまま、悟空は着替えを取りにいく。
しばらくして戻ってみると椅子のうえにタオルが置いてあり、そして三蔵は――窓のところにいた。

ふぅ、と悟空は溜息をつく。
これではなんのためにタオルを被せたままでいったのか、わからない。

持ってきた着替えをその辺に置いて、悟空は三蔵の傍に寄っていった。
そっと両手でその頬を包みこみ、自分の方にと向かす。

「三蔵は、さ。そんなにたくさん、雨、見なくてもいいと思う」

痛みは消えることなく内に残っているだろうに、さらに痛めつけるようなことはしなくてもいいと思う。

「だから、俺を見なよ」

じっと目を見つめる。

「俺を――使えばいい」

その言葉に。

いままでただ目を向けていた、というだけだったのだが。
ふっ、と初めて、紫暗の瞳に感情らしきものが揺れた。

「それは逃げることじゃないよ」

微かに目が見開かれる。

そして。


不意に、思わぬ強い力で悟空は三蔵の方にと引き寄せられた。








――いた、い。

悟空は、苦痛に顔を歪める。

体をふたつに引き裂かれているのではないか、と思うくらいの痛み。
いや、違う。
これは、熱い、のかもしれない。
体の内側を灼熱の炎で焼かれている……感じがする。

「……っ」

と、その感覚が、突然跳ね上がり、悟空は悲鳴を押し殺す。

痛い。
熱い。

圧倒的な感覚に、もうそれがどういうものなのか、わからなくなる。

――が。

それが、物理的に体に加えられるものであれば、大丈夫。
その感覚がどんなものであれ、耐えることはできる。

苦しい息のした、ふと自分を見下ろす紫暗の瞳に気づき、悟空は微かに笑みを見せ、その髪にと手を伸ばした。

――金色、の……。

途端にまた圧倒的な感覚が襲ってくる。

どうしてこんなことをしているのか――は、答えようがない。
たぶんこれはもっと甘やかなものであるはずだろうけど。

「……う、くっ」

痛みに思わずその背に爪をたてる。

体と体を使って。
まるで……戦ってでもいるようだ。

でも、それでいい、と思う。
この胸のうちにあるものは、たぶん優しいものではないから。

ただ――。

この『光』が輝くために――。
そのためだけに。

それはひどく自分勝手な理由。

と。
息をするように、とでもいうように軽く頬を撫でられた。

悟空は、ほぉっと止めていた息を吐き出した。

そして。
ちゃんと自分を見ている紫暗の瞳に。



ふわり、と悟空は笑った。



えっと。
お題の感じからして、もっと甘いものを連想しないか? と自分つっこみを入れてしまいますが…。
浮かんだのがこんな話でした。三蔵がヘタレすぎるかも(>_<)
す、す、すみません。とりあえず逃亡しときます。(ダメぢゃん)