君の後ろ姿
「だああっ、どっから湧いてくんだよ、これっ」
次から次へと押し寄せてくる妖怪達を如意棒で薙ぎ倒し、ついでに踏みつけて、悟空はめずらしくぼやきとも取れる声をあげた。
そうしている間にも。
「いい加減にっ」
如意棒を振り回し。
「しろってーのっ!」
向かってきた妖怪を吹っ飛ばす。
その後がどうなったかなど見もせずに――というか、そんな暇もなく、悟空は新たに押し寄せてくる妖怪の一団に対峙した。
西へ向かう旅の途中。
もういい加減、日常茶飯事と化しているのではないかと思える妖怪の襲撃。
だが、今回は少し趣向(と言っていいのだろうか)が違っていた。
質より量。
そんな作戦に出たのか、打ち倒しても打ち倒しても、次から次にと妖怪が襲ってくる。
ひとりひとりの技量はたいしたことはない。
というか、数だけ揃えたらしく、いままで倒してきた妖怪達に比べればむしろ『雑魚』と言ってよいほどのものだった。
が。
それでもこれだけの人数が集団で襲いかかってくれば、それなりに手こずるし。
「もぉ、やだっ!」
疲れもする。
新たに襲いかかってきた敵の一団をほとんど瞬殺で殲滅し、悟空は地面に突き立てた如意棒にすがるようにして、ずるずると地べたに座り込んだ。
「……腹、減ったぁ」
ようやく静かになった一帯に、派手に腹の虫が響き渡る。
「ううう……」
悟空は腹を押さえ、なんとも情けない声をあげた。
といっても、まだ戦いは終わってはいない。
遠く、なおも殺気が漂っている。
あまりに数が多くて分断されてしまったが、他の三人が各々戦っているのだろう。
とりあえず全部片付けないことには、メシにはありつけない。
悟空は溜息をついて、立ち上がろうとした。
と、その時。
すっかり意識が違うところに向いていたので気づくのに遅れた。
すぐ近くで、なにかが動く気配。
イチイチ確認して、留めを刺すなんてことをしていなかったからだろう。
完全に息絶えていなかった妖怪が、最後の力を振り絞り、刃を片手に立ち向かってきた。
――ヤバッ。
立ち上がる途中の不安定な姿勢では、受け身を取ることも逆に攻撃することもできない。
致命傷は避けなければ。
それだけ思って、かなり無理な体勢で身を捻る。
顔のすぐ目の前で、白刃が煌めいた。
髪の毛が、ほんの少しだけ風に舞う。
辛うじて、最初の一撃は躱した格好だ。
が、バランスが取れずに地面に転がる。そこに剣が突き立てられ――。
間にあわない。
右腕。
焼けるような痛みを覚悟した。
――のだが。
ガウン。
辺りに銃声が響き渡った。
「っ!」
カッと目を見開き、眉間から血を流して、妖怪が仰向けに倒れる。
「三蔵っ」
反動を利用して、ぱっと立ち上がると、悟空は銃声のした方にと駆けていく。
「三蔵っ」
勢いのまま抱きつこうとして。
「ふぎゃっ!」
スパーンとハリセンが頭に振り下ろされた。
衝撃で、前につんのめるようにして、地面に転がる。
「いきなりひでぇっ!」
ガバッと起き上がると、頭を押さえ、悟空はほんの少し涙目で三蔵を見上げる。
「バカ猿にはそのくらいでねぇとわかんねぇだろ。ったく、『油断するな』――何度言ったら、その空っぽの頭に残る?」
「うー」
悟空は唸り声をあげるが。
「でも、ま。サンキュ、な。三蔵」
突然、頭を切り替えたのか。
にぱっと笑って、三蔵を見上げる。
純粋無垢の子供のような、信頼しきった笑顔。
一瞬、三蔵は言葉につまったかのような表情を浮かべた。
が、眉間に皺を寄せて。
「うわっ!」
悟空の首根っこを掴まえると、猫の仔のようにぽいっと――まではいかないが、ズルズルと引きずるようにして、自分の後方にと移動させる。
と、同時に悟空がいた付近に、ドッとばかりに槍が打ち込まれた。
「だから油断すんなって言ってるだろうが」
言いながら、三蔵は銃を構えて連射する。
微かな風が経文を揺らす。金色の髪が陽の光にキラキラと輝く。
こんなときなのに、見上げるその姿はとても綺麗で。
――あ。
と、悟空は思った。
――この背中、知ってる。
初めて岩牢から出たときに、追っていた背中。
ついていく、と。
無意識で、決めていた。
ずっとついていくんだ、と。
クスリ、と悟空は笑った。
「……余裕だな」
苦虫を噛み潰したような顔で、三蔵が振り返る。
「そりゃ」
悟空は立ち上がると、パンパンと服の埃を払った。
改めて如意棒を召喚し直す。
「三蔵がいるからな」
ニッと笑う。
あれからいろんなことがあった。
いろんなことを経験した。
そして少しずつ、いろんなことが変わっていった。
ずっとついていくと思っていたその気持ちもまた――。
「前に出るの、全然、怖くねぇもん」
――後ろをついてくばかりじゃ、つまらない。
悟空はクスリ、ともう一度笑った。
それから如意棒を振り回すと、押し寄せる妖怪の一団に向かって走り出した。
三蔵はシリンダーを振り出して、薬莢を地面にばらまくと新しい弾を込め直す。
「……バカ猿」
そして、微かに唇の端をあげ、呟いた。
視線の先の走りゆく姿は、まるで背中に羽があるかのように軽やかだった――。