幸せな


ふと目を開けると辺りがオレンジ色に染まっていた。

あれ? と思う。
この色は覚えがある。だんだんと辺りが暗くなっていく前の――。

「え? えぇ?!」

悟空は驚いて飛び起きる。
辺りを見回し、窓の外を見て。

「夕方……」

呆然と呟く。
それからはっとしたように、慌てて寝台から飛び降りようとして。

「……騒がしい」

パコン、と軽くハリセンが頭のうえに振り下ろされた。

「さんぞ」

反射的に頭を押さえるが、いつもよりは威力はない。

「起きてたんなら起こせよ。夕方とか信じらんね」

悟空はぷくっと頬を膨らませる。

「起こそうとしたさ。それでも起きなかったんだから、信じらんねぇのはこっちの方だ」
「え? そうなのか?」
「八戒が来たからな」

三蔵の言葉に、一瞬、沈黙が降りる。

「え? えぇ?!」

それから、さっきよりも大きな驚きの声。

「ちょ……。え? 八戒、来たのか? ここに? ってか、こんなとこ……」

みるみるうちに顔が赤く染まっていく。
そんな悟空の頭を、三蔵は今度は軽く手で叩く。

「騒がしい気配で来る前に気づいて、執務室で会った。起こそうとしたが起きなかったんで、お前が寝てる様子だけ見て帰った」
「そっか」

ほぉっと、悟空は安堵の溜息をついた。

「あ。いや。別にバレるのが嫌だっていうんじゃなくて」

が、わたわたと言い募る。

「なんとなく、恥ずかしい……かな、って」

赤くなったまま俯く。が、すぐに顔をあげて。

「だいたいさ、今日、八戒が来るかもって三蔵だって知ってたじゃんか。誕生日って話になったとき、じゃあプレゼントを持っていきますよって言ってたんだから。なのに」
「それは俺だけのせいか?」

う、と悟空は言葉に詰まる。

「もっと、と言ったのはお前だろ?」

そんな悟空の耳元に、低く囁くように三蔵は言う。

「三蔵っ」

更に赤くなって悟空は三蔵を睨みつける。
クスリと笑って、三蔵は悟空の頤に手をかける。

「え? ちょっと……」

突然のことについていけない悟空を無視して、三蔵は悟空に口づける。
悟空は抗うような素振りを見せるがそれは最初だけで、あとは拙いながらも三蔵の動きを追ってこようとする。
それに気を良くして深く口づけ、やがて唇を離すと。

「ふ……ぅ」

吐息のような声を微かな声とともに悟空は三蔵の方にと崩れおちてきた。
その首筋にと唇を寄せる。

「……っ」

押し殺したような声があがるが、構わず唇を滑らせて耳朶を口に含むと。

「や……」

身を捩って三蔵を押し返し、悟空が離れていく。
手を伸ばして捕まえ、引き戻して軽く抱きしめると、抵抗もなく腕におさまった。
先ほど逃げ出したのは反射的なものだったのだろう。
肩で息をし、目が微かに潤んでいる。なんとも艶っぽい風情だが。

「さんぞ……。スル、のか?」

改めてそんなことを聞いてくる。微かに三蔵は眉根を寄せた。

「あのさ。最初に起きて慌ててたのって、八戒がくるかもってことじゃなくてさ、せっかく三蔵が仕事休んでくれてさ、ずっと一日一緒にいられる日なのに、気がついたら夕方だったからさ、ちょっと損したかなって思ったから」

ぎゅっと悟空は三蔵に抱きつく。

「これ、嫌いじゃねぇけど、途中からわけわかんなくなっちゃうから。せっかく三蔵がそばにいるんだから、もっとちゃんとそれをわかりたいなって」

顔をあげさせると、少し不満そうに唇を尖らせているのが見えた。
ふっと三蔵は溜息のように息を吐き出すと、かすめ取るように軽く口づける。

「そっちに八戒が持ってきた重箱がある」
「え?」

見ると、寝台の脇の小卓に何段かの重箱が置かれていた。

「食い物!」

ぱっと悟空が顔を輝かせる。先ほどまでの艶っぽい表情はどこにいったのか。子供っぽい嬉しそうな笑みが浮かんでいる。

「わーい。唐揚げ〜。卵焼き〜」

重箱を開けて、歌うようにしながら中を確認する。
そんな悟空の様子を見て、三蔵はもう一度微かに溜息をつくと、悟空を後ろから柔らかく抱きしめた。

「三蔵……?」
「気にせず食え」
「うん」

と答えるが、悟空は少し戸惑ったかのような表情を浮かべる。だが、三蔵が。

「誕生日だから、な」

と、つけ加えれば、驚いたように振り向き、そして。

「うんっ!」

満面の笑みが浮かんだ。

――誕生日だから、悟空の言うことを聞いてくれた。

そう、正しく理解して。

「ありがと」

軽くキスを返し、それから悟空は嬉しそうになにを食べようかと、重箱を物色し始めた。



美味しい食べ物と三蔵と。
悟空にとっての幸せがつまった――誕生日。



2016年悟空誕生日記念SS。