光――闇を打ち払う力


微かに涼気を含んだ風が吹き抜けていき、洗濯物がパタパタと音をたてた。
その音に顔をあげてみれば、澄み渡る青い空を背景に真っ白なシーツが靡いているのが目に入る。
爽やか、という言葉を形にしたようだ。

なんとなく唇の端があがる。
穏やかで平和な風景。

これは、なんなのだろう。
日常――になりつつあるのに、どうしても慣れることができない。
違和感がつきまとう。
こんなのがありえるはずがない――。

「八戒っ」

突然、シーツがめくりあがった。
その下から、元気な声とともに飛び込んできたのは。

――光。

「こっちは終わったぞ。手伝うっ」

手にしていたシーツを奪われるように取られる。

「ん、しょっ」

バサッと音を立てて、自分の背よりも高いところにあるロープにシーツを引っかける。
ぴょこんと飛んで洗濯バサミを挟もうとするが。
それは無理というものだろう。
後ろでひとつに括った髪の毛がぴょこぴょこ揺れるさまは小動物の尻尾みたいだ。

「貸してください」

声をかけるとくるりとこちらを振り向いた。
ちょっと拗ねたような金色の大きな目もどこか小動物めいている。

「向こうのは終わったんですか? 悟浄は?」

シーツの皺を伸ばして、受け取った洗濯バサミで挟む。
悟空は悟浄とふたつに分けた洗濯物の一方を干していたはずだ。

「終わって、悟浄はお茶を淹れに行った。三蔵が和菓子を持ってきたから」
「三蔵が?」

少し驚く。
和菓子を持ってくるというのもかなり珍しいことなのだが、早朝、悟空を預けに来た時に、仕事で今日中には帰れないかも、と言っていたはずなのだが。
もう仕事は終わったのだろうか。

「なんか思ったよりカンタンな仕事だったんだって」

干し終わってなにも入っていない洗濯かごを持ちあげつつ悟空は言うが、それは嘘だな、と思う。
悟空が嘘をついている、というわけではない。
簡単な仕事ですぐに片付いた、ということが、だ。

置いていかれる悟空が縋るような目をしていたから。

――せっかくの誕生日なのに、ちゃんと皆で祝わなくちゃ、意味ないじゃん。

そう言って。

さしずめそんな悟空の様子に、多少無理をして仕事を片付けきたんだろう。
本当に甘い男だ。

「八戒さ、誕生日なんだから、もっとゆっくりしてていいんだよ? 俺と悟浄がいろいろやるって決めてたんだし」
「動いていないと落ち着かないんですよ。貧乏性ですね」

ふふ、と笑みを浮かべると、悟空も笑みを浮かべた。
輝くような笑みを。

「良かった」

そして、話が繋がらないことを言いだす。

「え?」
「八戒、なんかさっき、ちょっと様子がヘンだったから。もしかして誕生日のお祝いに代わりに家事をするのって嫌だったのかな、って思って。俺と悟浄じゃ、八戒みたいに綺麗にできないし」

この子供は、見かけよりも人の感情に聡い。
こういうときにいつもそれを思い知らされる。

「それはないですよ。とても感謝しています」

ふっ、と肩から力が抜ける。

「なんでもないんです。ちょっと疲れていたのかもしれませんね。でも、あなたの笑顔を見たらそれも吹っ飛びました」
「そっか」

もう一度、輝くような笑みが浮かぶ。
闇を打ち払うような笑みが。
いつでもこの笑顔に救われるのだ。

――どうかこのままいつでも笑っていられますように。

前を歩く、小さな姿を見つめながら祈るように思った。



2009年八戒誕生日記念SS。