星に願いを


「すっげぇ」
 空を見上げて、悟空は感嘆の声をあげた。
 満天の星。
 町から離れた少し小高い丘の上。煙草を買いに行くという三蔵についていって、そのまま漫ろ歩きをし、ここに行き着いた。
 澄みきった空に浮かぶ星はいつもより強い光を放っているようだった。
「きれぇ」
 上を見たまま、悟空はくるりと一回転した。どこを見ても星。その中で一筋の流れを作っているのは。
「天の川」
 今日は七夕。年に一度の恋人たちの逢瀬の日。
 主役の織姫と彦星を探して天の川を辿っていた視線が、突然、遮られた。
 凄い。星よりも綺麗。
 深い紫暗の双眸に、悟空は嬉しそうな笑みを見せた。
 ゆっくりと重なる唇。
 目を閉じて、何度も交わすキスに溺れていく。

「……願い事は何だ?」
 安心して身を任せている悟空を柔らかく抱きしめて、三蔵は問いかけた。
 その問いに悟空は顔を上げたが、言われたことの意味がわからないという表情をしている。そこで、付け加えた。
「短冊を吊るしていただろう」
 煙草を買いに行こうとして、宿屋の入り口で悟空に呼び止められた。悟空は入り口に飾られた笹に短冊を吊るしていた。
「あれは宿屋の子供たちの。吊るすのを手伝っていただけ。俺も渡されたけど、何も書くことがないから返しちゃった」
「何も?」
「うん。あ、でも、今ならひとつある」
 悟空は力強く頷き、それから悪戯っぽい笑顔になった。
「肉まん、食いたい」
「後で買ってやる」
 苦笑めいたものが三蔵の顔に浮かんだ。
「わーい」
 悟空はそう言って、ぽすっと三蔵の胸に顔を沈めた。
「ね、三蔵。俺は他の人とか神さまに願いを叶えてもらう必要がないんだよ。知ってた?」
 甘えるようにさらに身を寄せてくる。
「だって、俺の願いは全部、三蔵が叶えてくれるから」
「例えば、肉まんを食いたいとか?」
「そう。例えば、肉まんを食いたいとか」
 クスクスと笑う悟空の頤に手をかけて、三蔵はもう一度、その唇を味わう。
 何よりも甘いその唇を。


 星に願いをかける日も、二人にとっては特に意味を持たない。
 
 互いの願いを叶えられるのは、互いだけだから。


 願うことはただひとつ。
 ――ずっと一緒にいたい。