触れてしまえば、手放せなくなると思っていた。
 だが――。



黎明


 ゆっくりと辺りが明るくなってきた。
 朝。夜明けだ。
 傍らで安らかな寝息をたてる悟空を見やった。
 同じベッドで眠るのは、これが初めてではない。一緒に眠ったことは、拾ってきたときからそれこそ数え切れぬほどある。
 怖い夢をみたとか、寂しいとか。
 一緒に寝ようと、言い出すのはいつでも悟空だった。
 だが、昨日は――。
 指の背で軽く頬に触れた。そのまま柔らかな頬をそっと辿る。そして顔を近づけ、頬よりも柔らかな唇に触れた。
 一瞬、悟空の睫毛が震えたが、眠りから覚醒することはなかった。

 触れてしまえば、手放せなくなると思っていた。
 だから、ずっと触れずにいた。
 それなのに、昨日、その唇に触れたのは――。

 正直に言うと、理由はわからない。
 朱泱のことがあったから。
 それは否めない。
 闇の中に現れた悟空を抱きしめたのは、たぶん、そのぬくもりを感じたかったから。
 本当に存在していることを確かめたかったから。
 悟空が思っているほど、強くはない。理想視しているほど、強くはないのだ。
 たぶん、今のままでは気付きもしないと思うが。
 そして、強くはないから、触れようとする行為にいつもとは違って歯止めがきかなかった。
 触れようと思った理由は、いろいろ思い浮かぶ。
 だが、それを探し出して言葉にしたところで意味はないだろう。
 それを触れたことへの言い訳にしたところで何も変わらない。

 触れてしまえば、手放せなくなると思っていた。
 だが、もうとっくに手放せなくなっている。
 それを再認識しただけだった。

 ただ今までと違うところは。
 触れることに対しての歯止めがきかなくなりそうなところ。
 その柔らかな甘い唇に。
 もう一度、触れる。今度は少し長めに。
「ん……」
 微かな呻き声をあげ、悟空がゆっくりとまぶたをあげた。
 美しい金色の光が現れる。
「おはよー、さんぞ」
 起きぬけの少し舌足らずな口調。
 ふわりと浮かぶ笑み。

 その笑顔を失くしたくないと思った。

 願うことはただひとつ。
 どうか、いつまでもそのまま――。