For Your Happiness
〜おくすり〜



「いや」

きゅっと小さな手で掛布団の端を握り、ぷいっと江は顔を背けた。
そのまま頑なにこちらをみようとはしない。

「でもね、江。お薬、飲まないと、風邪、良くならないよ」

滑らかな頬が珍しく赤く染まっているのは、熱があるせい。

「おすくり、苦いから、いや」
「おすくり、じゃなくて、おくすり、だよ、江。く、す、り」

そう訂正すると、江が眉を寄せた。

「く、しゅ、り?」

こちらを向いて、確かめるように繰り返す。
熱があるせいか、ちょっと舌ったらずになっていて、なんとも可愛い。

「そう、薬。ちゃんと飲もうね。そうしたら、またすぐ元気になるから」
「おすくりは、イヤ」

水薬を差し出すが、またぷいっと顔を背けてしまう。
しかも、また『おすくり』になってるし。うーん。『お』がつくと駄目なのかな。
まぁ、それはおいおい直すとして、まずは薬、飲んでもらわなくちゃ。

「じゃ、薬、飲んだら、江の好きなお菓子を買ってあげるよ」

と言ってみるが、首が横に振られる。

「それじゃ、熊のぬいぐるみは? この間、『うーさん』とどっち買うか、迷っていたやつ」

その言葉にも、首は横に振られる。
頑固だよなぁ。

「……空が」

ちょっと困っていたら、江が口を開いた。

「空が、いい子いい子してくれるなら、飲む」

言われた言葉にちょっと沈黙する。だって。

「……それでいいの?」

と、江は頷いた。
ので、手に持っていた水薬を渡す。
う〜、と顔をしかめながらも、江は薬を飲んでいく。全部、飲み終わったのを見て、口の中の苦味をとるために水を渡し、それも飲んだあとで。

「よく頑張ったね。えらい、えらい」

褒めて、頭を撫でてあげる。ついでにぎゅっと抱きしめて。
っと、やりすぎたかな?
そう思って、こっそり窺うと、目を閉じて、珍しく嬉しそうな顔をしている江の顔が目に入った。

最近、他人に撫でられるのを嫌がっていたから、遠慮してたんだけど、俺が撫でる分にはいいのかな?
そう思うと、ちょっと優越感みたいなのが沸いてくる。
なんか、ヘンなの。くすぐったい感じがする。
クスリと笑って、江をベッドに横たえる。

「ちょっと寝ようね」

パタパタと布団を叩いて寝やすくしていると、小さな声で名前を呼ばれた。

「何?」

大きな紫の目が、無言のまま、こちらを見ている。

「眠るまでここにいるし、眠ってからもいるから大丈夫だよ」

そう言うと、安心したかのような笑みが浮かんだ。
目が閉じられる

いきなり熱を出したときはびっくりしたけど、でも、たいしたことなさそうでよかった。

「早く元気になってね」

囁いて、もう一度、そっと頭を撫でた。