Guiding Star
……どうしよう。
花壇の縁に座り、手に手にランタンを持って行き交う人々を眺めていた。
さきほど0時を回って新しい年が明けたところ。
皆、にこやかに笑って、周囲はおめでたい空気で溢れている――のに。
「……ん」
膝のうえで小さな声がした。
「あ、ごめん、江。寝てていいよ」
こしこしと目を擦って、起きあがろうとする小さな頭を撫でて押しとどめる。
チラチラと光る、広場の松明の明かりに照らされて、金色の髪が輝いている。
――綺麗。
思わずそんなことを考える。
と、くしゅん、と可愛らしいくしゃみが聞こえてきた。
「あぁ。ごめん、江。やっぱりここじゃ寒いよね」
下に置いてある荷物からもう一枚上着を取り出す。
それで包み込むようにしてあげるけど……。
やっぱりどこか泊まるところを探さないとダメだ。こんなところにいたら凍えてしまう。
でも、夜明けとともに新年を祝う盛大なお祭りが開かれるから、この周辺の宿屋はどこもいっぱいだった。
もっと中心から離れればもしかしたら空いている部屋もあるかもしれないけど、そうしたらもっと人通りが少なくなる。
ここはまだ篝火とか焚いていて、ちょっとはあったかい。人通りのない方に行って空き部屋があればいいけど、なかったら――。
はぁ、と溜息が出てくる。
なんだってもう、こんな日に路頭に迷う羽目になるんだろう。
それもこれも襲ってきた魔物が悪い。
力の強い魔物だということはわかっていたから、気がつかない振りをしていたのに、わざわざ襲ってくるなんて。しかも襲ってくるだけでなくて、家まで壊していくなんて。
おかげで住むところはなくなるし、これからどうしたら良いのか――本当にわからない。
それにしても都会は怖いよな、って思う。やっぱり魔物に出くわす確率が高い。
本当は江のためにも、もうちょっと落ち着いた環境に移りたいんだけど、小さな村では人の目が厳しい。
ちょっとでも人と変わっているところがあると――とても暮らしにくくなってしまう。
はぁ、ともう一度溜息をつく。
と。
目の前に影が落ちた。
落とした視線の先に白い服が入ってきて、ふと顔をあげると――。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
柔らかな優しそうな笑顔が目に入った。
が、それよりも。
この人――。
思わず江をぎゅっと抱きしめる。
「くぅ?」
すっかり起きてしまった江が腕のなかから不思議そうな声をあげる。
「あぁ。大丈夫ですよ。別になにもしませんから。それよりも、向こうで火災があった家。あれはあなた方の家ですか?」
その言葉に反射的に逃げ出そうとして――動けないことに気づいた。
見えない糸で柔らかく絡めとられている。
狩人の――魔物を狩る人間の力だ。
それほどの強制力はない。破ることは可能だけど。
「すみません。なにもしないんで、落ち着いてください」
相変わらず穏やかに話しかけてくる人をじっと見つめる。
悪い人には見えない。それに
守護者の気配がしない。
なにかをするとしたら、
狩人は必ず
守護者とともに行動する。
なのに単独で行動しているということは、本当に偶然、俺たちに出くわしただけで、どうこうしようとして近づいてきたのではないのだろう。
そしてこの力は単に足止めするためのものだろう。
そう考えてほんの少しだけ警戒を解くと、それがわかったのか、絡めとられていた糸が切れた。
にっこりとその人が笑い、それから江の方に手を伸ばす。
「この子は……」
そっと頭に手をやる。江は俺以外の人に触られるのを嫌がるのに、珍しいことにきょとんとした顔で、自分の頭を撫でる人を見上げる。
まるで祝福を授けられているようなそんな構図――だけど。
「あのっ。もうちょっと待ってください。この子は……っ」
まだ早い。
ぎゅっと江を抱きしめる。だれにも奪われないように。
これくらいの年で学び舎に入る子もいると聞くけど、でも江にはまだ早いから。
まだまだたくさん外の世界に触れて、それで――自分で選べるようになるまでは。
「良い子ですね、と言おうとしたんですよ。それよりも今夜の行くあてはありますか?」
にっこりとその人は笑い、それから心配そうに聞いてくる。
「いえ、あの……」
「これを」
少し困っていたら、手に鍵を置かれた。
「そこの家の――屋根裏なんですが、そこの鍵です。なにかのために学び舎が確保している部屋です。暖房器具はないんですけど、毛布ならたくさんありますし、ちょっと埃っぽいかもしれませんが外よりは全然マシです」
「え? でも……」
「こんなところにいたら凍えてしまいますよ。それから」
その人は懐から紙を取り出し、それにサラサラと何か書きつけた。
「行く当てがないのでしたら、町からは離れちゃいますが、私が昔、過ごした家がありますのでそこを好きに使ってください。いまは村長さんが管理しているんで、手紙もつけますね」
突然の申し出にびっくりする。
というか。
この人、なにを言っているんだろう。いろいろ都合良く聞こえただけだろうか。
そんなことも思うが、目の前に地図と手紙が本当に差し出された。
「では……」
信じられない気持ちで見ているうちに、その人は柔らかな笑みを残し、人混みに紛れていこうとする。
「あの、待ってくださいっ。なんで三蔵法師がこんなこと……っ」
「さぁ、なんででしょうね」
あいまいなことを言っているのに、穏やかな笑みが浮かぶ。
「私にもよくわからないんですが、そうしなければと思ったんですよ」
そして今度こそその人は人混みに紛れてしまう。
しばらくその姿が消えていった方を見ていたが。
「くぅ? 大丈夫?」
声がして、腕のなかの江にと視線を戻す。
夜明け前の空の色のような綺麗な紫暗の瞳が、じっと見上げてくる。
まだまだあどけないのだけど。
あの人はこの子のなかに、自分と同種のものを見たのだろうか。
三蔵法師に――
狩人のなかでも最強の存在になりうるくらいの力を。
「くぅ?」
「……なんでもないよ」
ぎゅっと江を抱きしめる。
「朝になったら、新しい家に向かって出発しようね」
そしてそっと囁いた。