Second Sight


 スーパーでばったり悟浄に会った。
 悟浄――そう呼んではいるけど、れっきとした学校の先生。でも、先生というより友達とかお兄さんに近い。授業中に一緒になって遊んじゃって他の先生に怒られることもあるし。
 それは生徒たちに迎合して、みたいなことでなく、本気で子供なんだと思う。
 たぶん、精神年齢が俺たちと一緒。
 だから、たいていの生徒は、『先生』じゃなくて『悟浄』と呼んでいる。
 親しみをこめてのことだけど。
「あれ? お前、何してるんだ、こんなところで」
 その悟浄が、驚いたような表情で目の前に立っていた。
「何って……買い物。悟浄こそ、どうして」
「そりゃ、俺も買い物」
 二人して顔を見合わせ、それから答えになってるんだかいないんだかの答えを二人ともが返していることにおかしくなって、一緒に吹き出した。
「お前、時間ないか?」
 ひとしきり笑ったあとで、悟浄が言う。
「時間って……夕飯、作らなきゃいけないんだけど」
「すぐすむ。ちょっとつきあってほしいところがあるんだ。今日は俺の誕生日でね」
「誕生日? おめでとう」
「サンキュ。で、ちょっとだけいいか?」
 うーん、と考える。
 でも、誕生日なら、ちょっとはつきあってあげた方がいいかな。
「ホントにすぐ? 遅くなるようなら電話しなきゃいけないから」
 遅くなると、先生、心配すると思うし。
 結構、心配性なところがあるんだ、先生って。
「すぐ、すぐ。ってことはOKだな」
「うん。でも、待って。会計すませてきちゃうから」
「あ、俺も」
 そういう悟浄の買い物かごの中身はたくさんの食料。しかも、そのままで食べれるようなものばかり。
 誕生パーティの料理?
 でも、そういうのって自分で用意するもんなんだろうか。
 なんか変だなーと思いつつ、レジに向かった。

「ここ、悟浄の家?」
 連れて行かれた先で、びっくりして足を止め、建物を見上げた。
 だって、そのマンションは。
「ちげぇよ。ちょっとした知り合いの家。行くぞ」
 うながされて再び歩き出す。と、入口のところに。
「八戒先生」
 保健医の八戒先生がいた。こちらに気づくと、いつもの温和な笑みが、その顔に浮かんだ。
「おや、悟空」
「そこのスーパーでばったり会ってな。連れてきた。きっと驚くぜ」
「スーパーで? 悟空、お家、この辺でしたっけ?」
 八戒先生が少し怪訝そうな顔をする。
「あ、ううん。違うんだけど。えぇっと、ここ、八戒先生の家? 悟浄の誕生パーティって八戒先生ん家でやるの?」
「違いますよ。僕の家じゃないです。ちょっとした知り合いの家でして。ま、とりあえず、中に入りますか」
 八戒先生はそう言って、暗証番号を押してマンションの中に入っていく。
 なんだか嫌な予感がする。
 そして、予想に違わず、辿りついたところで、結構しつこくチャイムを鳴らしたあとに、出てきたのは――。
「よっ」
 軽い調子の悟浄とは正反対の、不機嫌な表情を隠そうともしない――先生。
「何しにきた」
「誕生パーティをやろうと思いまして」
 にやにやと笑って悟浄が言う。
「……誰のだ?」
「俺の」
「なんで俺がてめぇの誕生日を祝わなくちゃならない」
「そう固いこと言わずに。スペシャルなゲストも連れてきたし」
 そう言って、悟浄が一歩横にずれる。
 それで、後ろに隠れるような格好になっていた俺の姿が目に入り。
 先生はこの上なく不機嫌な顔になった。

 結局、ほとんど強引に悟浄と八戒先生は家の中に押し入り、料理を並べてなし崩しに誕生パーティ、ってよりも宴会に突入した。
 先生の不機嫌な顔は変わることはなかったけど、本気で阻止したり強引に外に追い出さないところを見ると、割と仲良しなのかもしれないと思った。
「お前ら、もういい加減、帰りやがれ」
 だけど、30分くらいたったところで、先生がそう言い出した。
「なに言ってるの、三蔵。これからでしょ。まだ、開いてない酒もあるし。今度は日本酒にいってみようか」
「いいから、帰れ」
「グラスは? ワインと同じグラスじゃマズイでしょ、やっぱり」
「だから、帰れ」
 全然かみ合ってない会話に、なんとなくため息をついて立ち上がった。
 ワイングラスを集めて、それからグラスを出しに食器棚に向かう。
 と、先生が追いかけてきた。
「そのままでいい」
「でも……」
「あいつらはすぐに帰るから」
「そんなこと言っていいのかなぁ」
 その会話が聞こえたのだろう。ダイニングの方から悟浄が声をかけてくる。
「俺らが帰るなら、悟空も帰るよ」
「帰らねぇよ。お前らだけ帰れ」
「んなこと言っても……。ってか、悟空。帰るなら、遠慮なく席立ってもいいからな。夕飯作るって言ってたもんな。もちろん、いてくれた方が俺としては嬉しいけど」
 ……えぇっと。
 ちょっと困る。
 帰るふりをして、ここから出て行ってもいいんだけど、悟浄たち、どのくらいここに居座るつもりなんだろう。それによって、時間の潰し方が違ってくるんだけど。
「あの、僕、ちょっと疑問に思っていることがあるんですけど」
 と、今度は八戒先生がにこにこと笑いながら、声をかけてきた。
「悟空、ここの家にきたことあります? なんかお皿の位置とか、わかっているみたいなんですが」
 うわっ。
 相変わらず、八戒先生ってば鋭い。
 そういえば、とりわけ用の小皿とか、グラスとか食器棚から出して並べてたりしたから。
 でも、そんなのはどこの家でも似たような場所に置いてあるとかなんとか。
 そんなことを言ってごまかそうとしたのに。
「それはそうだろう。ここはこいつの家でもあるんだから」
 いきなり、先生がそんなことを言い出した。
 思わず目をむいたところ、腕を掴まれて引き寄せられた。
 腕の中に抱きしめられる。
 だけど。
「やっ!」
 反射的に手を突っ張って、押し戻した。
 途端に先生の眉間に皺が寄る。
 不機嫌――というよりは、怒ってる。
 怒らせてしまったのだろうか。
 不意に怖くなる。
 でも、だって。
「引き離されちゃう」
 混乱して、無意識のうちに言葉が滑り落ちる。
 その言葉は、先生の言葉を認めることで。
 ということは、結果的に、まさにそういうことになるということで。
 それに思いあたり、一瞬にして、血の気が引いた。
 目の前が暗くなる。
 嫌だ。嫌だ。嫌――。
 と、ふわりと先生に抱きしめられた。
 この腕。
 離したくない。絶対に嫌だ。
 すると、悟浄か八戒先生がため息をついたのが聞こえてきた。
 体が震える。
 怖い。
 ぎゅっと目をつぶり、先生の背中に回した手に力を入れる。
「どうやら先を超されたってことですかね」
 と、八戒先生の声がした。
「ったく、やられたな」
 忌々しげな悟浄の声もする。
 何?
 よくわかんなくて、でも、二人の声には棘がなかったので、顔をあげた。
「大丈夫ですよ、悟空。この状況はかなり不本意ですが、あなたが悲しむようなことはしませんから。でもね、覚えておいてください。別にココじゃなくてもいいってことを」
 と、にっこりと笑って八戒先生が言った。
「そうそう。俺のトコにも部屋は余ってるし」
 それから付け加えるように悟浄が言う。
 えぇっと、それは、どういう……?
「いいから、お前ら、さっさと帰れ」
 抱きしめてくれていたときは優しい顔をしていたのに、またもや不機嫌な顔になって先生が言う。
「はいはい。ま、今回のところは退いておきましょう。悟空が泣きそうですからね」
「しょーがねぇな。でもま、これから、これから」
 そういって二人は立ち上がる。
「悟空、よぉく考えてくださいね。保健室はいつでもあなたのために開いていますからね」
 玄関のところでふり返って八戒先生が言う。
「八戒、それ、職権乱用。でも、ま、ホント、ちゃんと考えろよ。三蔵がダメだと思ったら、いつでもウチに来い」
 悟浄も言う。
「てめぇら……」
 先生が怒ったような声をあげるが、言い終わる前に扉は閉まった。
「えぇっと、いまの……」
「気にすんな」
 なんだかよくわからなくて聞こうとしたら、遮られた。
 いささか腑に落ちない気分でいたら、ポンポンと、軽く頭を叩かれた。というか、撫でられた、といっていいかもしれない。
 そうしたら。
 よくはわからないけど、何かどうでもいいような気になった。
「先生」
 囁いて、その腕の中に身を任す。
 だけど。
 なんだか波乱の予感がするのは気のせいだろうか。
 心地よい安心感にくるまれながらも、頭の隅でそんなことを思った。