Cheers!


「唐揚げ〜♪」

悟空が嬉しそうにそう言い、ちょっと遠くにある唐揚げに前屈みに手を伸ばした時、ふとソレに気付いた。
ソレ。首筋に残る赤い痕。
いわゆるキスマークというやつだ。

「八戒、これ、滅茶苦茶うまいっ!」

満面に笑みを浮かべる姿は、子供っぽくてまったくソレとはそぐわない。

「何だ?」

思わず斜め前に座る人物に視線を送ったところ、不機嫌そうに睨まれた。いつも不機嫌そうな顔をしているが、今日は何だか三割増しといった感じだ。
さっきから小猿ちゃんをからかって遊んでいるからだろうか。傍から見るとじゃれついているように見えるのかもしれない。

「何でもねぇよ」

ちょっとその反応が可笑しくて、思わず口元が緩む。
にしても、やっぱりやることはやっているんだな、と思う。
こーんな子供っぽいのの、どこがいいのだろうと思うが。案外、ロリだったのか、三蔵のヤツ。いや、この場合はショタというのだろうか。

「ん?」

隣に座っている悟空が視線に気付いたのか不思議そうな顔で見上げてきた。

「何でもねぇよ。春巻、いただき」
「あぁぁっ! それ、最後の一個!」

口の中に放り込むと、悟空が叫び声をあげた。

「大げさだな。さっきから沢山食ってるじゃないか」
「だって……」
「っつーか、今日の主役はどちら様?」

椅子に踏ん反り返って聞く。

「……悟浄」

不本意そうな答えが返ってきた。

「わかればよろしい」

悟空は少しむくれたような顔をする。確かにそういう表情は可愛いかもしれない……って、今のナシ。なんで、こんなガキに可愛いなどと思わにゃならんのだ。

「ほら」

と、三蔵が自分の取り皿を悟空の方にと差し出した。そこにはまだ手をつけていない春巻が乗っていた。

「え? 三蔵、いいよ。自分で食べなよ」
「いいから」
「駄目。だって、三蔵、さっきからお酒ばっか飲んでてちゃんと食べてないじゃん」

悟空はそう言うと、箸で春巻きを摘み上げ、三蔵の口元にと持っていった。

「はい。これも滅茶苦茶美味しいよ」

……って、それをここでやるか。
思わずテーブルに突っ伏した。クスクスと笑う八戒の声が頭上に響く。

「え? 何?」

テーブルに突っ伏したまま頭を動かすと、心底不思議そうな表情を浮かべる悟空の顔が目に入った。

「何でもねーよ」

起き上がってグラスを一気にあけると、自分でもう一度注ぎ直した。

「ね、それ、うまいの?」

興味津々といった様子で悟空が聞いてくる。

「ワイン、飲んだことねぇの?」
「うん。葡萄から作るんだろう? なんか美味しそう」
「って、グレープジュースとは違うけどな。飲んでみるか?」

グラスを差し出した。

「やめておけ」

悟空が受け取ろうとしたところ、三蔵の声が響いた。

「味見くらいならいいんじゃねぇの? いつからそんなにお固くなっちゃったわけ?」
「酔うとメンドーなんだよ」
「抱えて帰ってあげることくらいはしてあげればいいじゃん。どうせ車なんだろ?」
「そういう意味じゃない」
「三蔵のイジワル」

どういう意味よ、と聞き返そうとしたが、悟空に話の腰を折られた。三蔵はフンという感じで煙草に手を伸ばしたが、どうやら空になっていたらしく、クシャリと握りつぶした。

「八戒、煙草は?」

立ち上がりながら三蔵が聞く。

「レジのところです」
「見当たらないが」
「えぇ? そんなはずは……」

八戒も立ち上がった。
それを見届けて悟空に目配せをし、グラスを差し出した。悟空が顔を輝かせる。

「どうだ?」

コクコクと飲んだ悟空に感想を聞いてみた。

「んー、よくわかんない」

悟空はちょっと難しい顔をし、またグラスに口をつけた。
やがてほわんとその頬が染まってきた。ありゃと思い、グラスを取り上げる。すると悟空がふわりと抱きついてきた。
って、何ですか、これ。
わけがわからなくて、少し焦る。つーか、なんで焦らなくちゃならんのだろ。
悟空が顔をあげた。
ほんのり桜色に色づいた頬と潤んだ目。
おいおい、これは反則だろう。

「あのバカ……」

離れたところで三蔵が呟くのが聞こえてきた。
これを見せたくなかったわけね、と妙に納得する。目の前の悟空は先程の子供っぽさが嘘のように、ひどく艶っぽい。

「や……」

目が離せなくなってじっと見ていたら、いきなり悟空に押しのけられた。自分から抱きついてきたクセに、だ。そのうえ、大きな金色の目からポロポロと涙が零れ落ちてきた。
ちょっと、待て。俺はまだ何にもしてない。
思わず逃げ出したくなり、ふと視線をあげたところ目の前に三蔵がいた。げっ、と思い本格的に逃げ出したくなった。

「悟空」

だが、三蔵は俺には構わずに、優しく悟空の名を呼んだ。
その声に悟空は振り返って三蔵の方を見た。

「三蔵」

それから手を伸ばして三蔵に抱きつく。ふぇ、と悟空が泣き出す声が聞こえてきた。

「三蔵、三蔵。どこにも行かないで」

泣きじゃくりながら悟空が言う。

「置いていかないで」
「置いていくわけねぇだろうが」

抱きしめて、安心させるかのように頭を撫でて三蔵が言う。

「大丈夫だ。ずっと傍にいるから」

三蔵は悟空を抱き上げた。柔らかく抱きしめて、耳元で何度も大丈夫だと優しく繰り返す。

「悪いが連れて帰る」

少し悟空が落ち着くと、三蔵は八戒の方を見てそう言い、その後で俺を睨みつけた。

「だから、飲ませるなと言ったんだ」

三蔵はまた慰めるように悟空の耳元に何事か囁くと、出口に向かって歩き出した。それを呆然と見送る。

「まったく、困った人ですね、あなたも」

やがて八戒の声が響いて、我に返った。

「だって、知るわけねーじゃん、あんなの」
「まぁ、そうですけど。さしずめ、僕達の知らない悟空の表情がまだまだあるってことですかね」
「三蔵にしか見せないような? っていうか、あんな三蔵ってのも初めて見たけどな」

まるで慈しむような表情を浮かべていた。本人、たぶん気付いていないだろうけど。

「そうですね」
「ま、ラブラブで羨ましいことで」

そう言ったところ、八戒がクスリと笑った。

「まったく、お気楽でいいですね、あなたは」
「それが取り柄なもんで」

たぶんあんな風に泣くことの裏には色んな事情ってのがあるのだろうと思う。だが、人には触れて欲しくないこともある。
ま、どっちにしても、普段、互いを見るときに浮かべる表情が、本当、絵に描いたように幸せそうだから、ほっといても全然平気だと思うけどな。傍から見ているこっちの方がなんか気恥ずかしくなる。

「そんなことより、飲み直そうぜ。まだとっておきのを開けてないんだ」

にやりと笑って、袋から別のワインを取り出した。コルクを抜き、八戒がわざわざ出してきた新しいグラスに注ぐ。

「あの二人に」

カチンとグラスを合わせて言う。

「自分の誕生日に、じゃないんですか?」
「んー、それは自分で言ってもなぁ。それに、あの二人にあやかるのもいいんじゃないか? って本人達を目の前にしちゃあ言えないけど」
「いい傾向ですね」

またクスクス笑って八戒がもう一度グラスをぶつけてきた。

「三蔵と悟空に」

香り高いワインを口に含みながら思う。
花から花へと渡り歩くものいいが、一生に一度の恋ってのも悪くはないかもな、と。
ガラにもないことで、少し可笑しくなった。