Belated Party


店のドアを開けて中に入ると、真っ先に悟空と目が合った。

「三蔵」

満面の笑みを浮かべて近寄ってくる。

「ったく、まだ仕事が終わってねぇのに迎えに来いなどと呼びつけやがって」

くしゃりとその髪をかき回しながら言う。

「ごめんなさい」

と言うものの、悟空は笑顔を浮かべたままだ。頭に置かれた手に、気持ち良さそうに目を細める。

「とかなんとか言って、呼ばれれば飛んでくるクセに。ホント、骨抜きだな、三蔵サマは」

笑いを含んだ声にそちらを見れば、予想に違わず赤い髪が見えた。

「そんななのに、よく手作りの携帯ストラップなんてつけさせとくな。余裕? それともただ単に灯台もと暗しで気付いてねぇの?」

悟浄は、カウンターに置かれていた携帯を振りながらにやにやと笑いながら言う。

「悟浄!」

悟空が慌てたように駆け寄っていった。
まるで小学生のようだ。携帯を取り戻そうと手を伸ばす悟空と、取られまいと立ち上がって手を上げる悟浄と。
近寄って、悟浄の手からひょいと携帯を取り上げた。

「三蔵っ!」

途端に、しまったとでもいうような表情が悟空の顔に浮かんだ。
なんでそんな表情をするのかと、携帯のストラップを眺める。
成程、確かに量産品ではないらしい。小さな――確かビーズというやつを組み合わせて作ってある。

「細工が細かいだろ。こんなの作るなんて、よっぽど好きじゃなきゃできねぇよな」
「悟浄っ! わざと言ってるだろ、それっ!」

噛みつくように悟空が言う。

「三蔵、違うからな。それ、この間の文化祭で買ったやつ。貰ったわけじゃないから」

なんだか必死の面持ちで訴えかけてくる。

「だけど、それを選んで持っていったら、会計の女の子、嬉しそうに頬を染めてたじゃん」

にやにやと笑う悟浄をきっと悟空は睨みつけた。

「悟浄、面白がって波風立たせるのはどうかと思いますけど」

と柔らかい声が響いた。

「八戒」

悟空がほっとしたような表情をする。
八戒が味方についてくれたから。
そう思ってのことだとわかっているが、なんとなくその表情は気に入らない。

「本当に買ったやつだよ。別に誰が作ったとか、知らなかったし。ただ綺麗だと思って」

どうやら機嫌を損ねているのを敏感に感じ取ったらしく、悟空は少し泣きそうな顔になる。もっとも、機嫌を損ねたのはこのストラップのせいではないが。

「真っ先にそれを手にとりましたからね。ホント、わかりやすいですよね」

柔らかな笑みを浮かべて言う八戒に、改めてストラップを見た。
深い紫色を基調にした――。

「……別に怒ってなんかいねぇよ」

悟空の手の中に携帯を落とす。

「それより、帰るぞ」

促して、踵を返そうとしたら、腕を掴まれた。

「待って、三蔵。五分だけ」

振り返るとさっきは気付かなかったが、テーブルの上に料理が乗っているのが見えた。

「俺らも祝ってもらったことだし、な」

相変わらずのにやにや笑いのまま、悟浄が言う。

「もっとも風邪をひいたっていう小猿ちゃんのせいで、一日遅れだけど。まったく誰のせいで風邪なんかひいたんだが」
「悟浄」

頬を染めて声をあげる悟空に、これでは何も言わなくてもまるわかりだと少し呆れる。
風邪ではないが少々無理をさせたため、悟空は昨日一日をベッドで過ごしていた。

「もう充分祝ってもらったから、別にここで祝わなくてもいい」

手を伸ばして悟空を抱き寄せ、唇にキスを落とした。
キスが、というより、言葉の意味がわかってだろう。悟空は、みるみるうちにさらに頬を赤く染め、耳まで真っ赤になった。

「……見せつけてるのかよ」

ぼやくように呟く声が聞こえ、目の端に渋面をつくる悟浄が見えた。
それをあえて無視して、悟空に言う。

「お前がまだいたいなら、また迎えにくる」

そして行こうとすると、ペシッと悟浄から白い封筒を押しつけられた。

「お誕生日祝い」

もう立ち直ったのか、人の悪い笑みを浮かべて悟浄が言う。

「あぁぁぁ――っ!」

と、悲鳴のような大声が響いた。

「駄目、三蔵、それは駄目っ!」

先ほどよりも必死の形相で、悟空が手を伸ばしてきた。
だが、そんな風にされたら逆効果だ。悟空を躱して、封筒を開ける。

「見ちゃ駄目だってっ!」

悟空の叫びは一歩遅い。

「よく撮れてるだろ、それ」

一緒に覗き込むようにして悟浄が封筒の中身を見ながら言う。

「この間の文化祭の時の写真。撮ってくれた女の子の言うことには、それ、一番人気だったらしいぞ。プリントアウトの注文、三ケタいったとか」

封筒の中身は写真。
悟空を真ん中にして、悟浄と八戒が写っている。
それだけならまだいいが……。

「不可抗力だもん。いきなり写真、撮られたから――」
「いきなりってわけでもなかったがな」

可笑しそうに笑いながら悟浄が言う。
それもそうだろう。
でなければ、こんなポーズなんかつけてないだろうから。
真ん中に少し呆然としたような表情の悟空。その悟空の肩に手を回した悟浄と、悟空の手をとって自分の唇に近づけている八戒。ご丁寧に、悟空はセーラー服姿だ。

「あぁ、それ。ちょっと遊んじゃいましたね」

あははは、と笑いながら八戒が言う。

「他にもイロイロあるけど、他のは自分で買ってね」

悟浄は、懐から取り出したものをトランプのように広げて見せた。
セーラー服姿の悟空が各種。なかには、悟浄に腰を抱かれているのもある。

「……悟空」

向き直ると、悟空はどことなく拗ねたような顔をしていた。

「だって、ほとんどのが知らないうちに撮られてたんだもん」
「にしても、肖像権とかあるだろうが。こんなのが、売られてるって知ってたのか?」
「李厘には借りがあるし、それに――」

言いかけて、悟空が口をつぐむ。
何にせよ、写真が売られていることは知っていたらしい。
こんなものが不特定多数の他人の手にあるのかと思うとそれだけで気分が悪くなる。

「それに、何だ?」

だから、口をついて出た言葉は問い詰めるようなものになる。

「それに、それ、俺じゃないもん」

この期に及んで何を言い出すのかと切れかかる。
と、悟空がぎゅっと上着の裾を握った。

「そんなの、俺じゃない。俺は――。本当の俺は……」

三蔵しか知らない。

俯いて、聞こえないほどの小さな声で呟く。
……ったく。
わかっててやっているんだろうか、こいつは。

「気が変わった。一緒に帰れ」

逃げられないように、細い体を抱き上げた。

「三蔵?」

驚いたような悟空を抱えたまま、ドアにと向かう。

「おーい、誕生パーティは?」

後ろから声がかかる。

「知るか。二人でやってろ」
「って、主役もなしにですか?」

困った人たちですねと笑う声がする。
が、見向きもせずにドアをくぐった。

「三蔵、ちょっと、これはマズイって、せっかく準備してくれたのに」

わたわたと悟空が身を捩る。

「お前が悪いんだろ」
「……えっと、写真のことなら、謝るから」
「違う」

本当にわかってないんだな、こいつ。
どれだけ自分が誘っているんだってことを。

「責任、とってもらうからな」
「へ?」

間抜け面にキスを落とす。触れるだけのつもりが、柔らかい感触に深いものになる。

「……って、昨日の今日じゃんか」

唇を離すと、涙が浮かんだ目に睨まれた。
口の端から零れ落ちた透明な液を拭ってやる。

「シたのは一昨日だ。昨日はやめてやったろ」

さすがに昨日は控えてやった。

「そういう問題じゃない」

車に押し込めると、むくれたような顔をした。

「気になるなら戻ってもいいぞ」

運転席に乗り込んで、そう声をかける。
と、さらに頬を膨らませた。

「……意地悪」

上目遣いでこちらを見るその仕草さえ誘っているのだと、まったく気付いてないらしい。

「シートベルト」

だが、そんなことをおくびにも出さずに一言だけ声に出すと、悟空は素直にシートベルトに手を伸ばした。
結局、こいつが拒むことはない。
そういうところでさえ、本当に――。
湧き上がってくる愛しさに、そっともう一度唇に触れた。

「三蔵」

何も言わなかったがそれでも伝わるものはあったらしい。悟空が嬉しそうな笑みを浮かべた。

「大好き」

その言葉に、思わず笑みが漏れる。
本当に、こいつは。

「帰るぞ」

そう言って、エンジンをかけた。