Sweet Memorial Day


よく晴れた穏やかな日の午後。三蔵の車に乗っけられて、八戒の喫茶店に向かっていた。

今日は俺の誕生日。

なんかいろいろあって、言われるまですっかり忘れてた。
でも、三蔵が傍にいる。
それだけで充分お祝いしてもらっている気がする。

車が大きな屋敷の前で止まった。三蔵の叔母さんの家。ついでに途中で寄るからと言われていた。
ここに来るのは二度目だけど、やっぱりちょっとなんか落ち着かない。
三蔵と俺の違いを見せつけられている気分になる。俺とは違うんだって、言われているような気がする。

「お前も来い」

シートベルトを外しながら三蔵が言う。

「俺も?」

驚く。
この間のときは車の中で待っていた。今回もそうだと思っていた。

「ババァが顔を見たいんだと」

驚いている間に三蔵はさっさと車を降り、回り込んで助手席のドアを開けて言う。

「え? って、心の準備が」
「それをさせないようにつれて来いと言われた。ありのままのお前が見たいんだと」

そんなこと、言われても。
なんだか心臓がドキドキしてきた。
入試の時より緊張する。

「別にとって食われたりはしねぇから」

いくらなんでも、それはちょっとヒドイ言い方じゃないか?
そう思っていたら、それを代弁するかのように。

「随分な言い草じゃねぇか」

柔らかいアルトの声がした。
見ると、扉のところに女性が立っていた。

この間ちらりと見かけたときにも思ったが。
綺麗な女性。
表面的なものではなく、内からの強い輝きが目に見えるような、とても印象的で綺麗な女性。
慌てて車から降りた。

「悟空、だったな」
「えぇ。……あの、初めまして」
「こうやって直接話すのは、な。とにかく中に入れ」

扉を大きく開けてくれる。
促されるまま、中に入った。
高い天井。入ってすぐは吹き抜けになっている。

「お前はその辺で適当にしてろ」

さらに奥にと進んでいくときに、女性が三蔵の方を振り返って言った。
どうやら俺と二人だけで話がしたいということらしい。

「何、言って……」
「大丈夫だよ」

気色ばむ三蔵を遮る。

「大丈夫。三蔵の叔母さんだもん」





そうして通された一室は、どうやら書斎らしかった。
どっしりとした机にパソコンが乗っていて、壁には本棚が並んでいる。

「まずは礼を言っておかなくては、な。ホワイトデーのクッキー。あれは手作りか? とても美味しかった」

誉められて素直に嬉しくなる。
バレンタインデーに三蔵を通してチョコレートケーキを貰った。だから、やっぱり三蔵を通してホワイトデーにお返しを贈った。
忙しい人だと聞いていたから、いっぺんに食べなくても良くて、手軽につまめるものをと考えてクッキーにした。やっぱり八戒に協力してもらって、何種類か作って詰め合わせた。

「バレンタインデーのお返しです。あのチョコレートケーキ、すごく美味しかった。ほとんど一人で食べてしまいました」
「うちのシェフに作らせたものだからな、味は折り紙つきだぞ。にしても、男の子にチョコを贈ってお返しを貰うというのも、案外楽しいものだ」

本当に楽しそうに笑う。屈託なくて、少女みたいだ。
と、ふいにその笑みが消えた。

「回りくどいのは苦手でな。単刀直入に聞く。三蔵は、お前を恋人としてちゃんと紹介したいと言ってきた。それは本当か?」

目を見開く。
三蔵がそんなことを言っていたなんて驚く。

「ウチはかなり手広く商売をしている。それは知っているな?」

頷く。

「俺としてはできれば早々に全部あいつに押し付けたいんだか、ま、それはさておき、今でも、一応名前だけとはいえ、あいつもその一役を担っている。つまり責任があるということだ。つまらぬスキャンダルで社員の生活を乱すことは許されない」

言葉が重なるごとに、指先が冷たくなっていくのがわかった。

「というわけで、あいつが言うことが本当ならば、別れてほしい」

きっぱりと言い切られた言葉に、さらに血の気が引く。

「もちろん、タダでとはいわない。望むだけの金を用意しよう。一千万か? 二千万か?」

首を振った。

「足りないか? では……」
「違います」

俯く。

「ごめんなさい……」
呟くように言う。
ごめんなさい、と言うことだけしかできない。

「それはどういう意味だ?」
「……別れることはできません。どうしても、それだけはできません」
「後ろ指をさされても? 多くの人を不幸にしても?」

胸が痛む。だけど。

「……ごめんなさい」

離れることはできない。

しばらく沈黙が続いた。
たとえどんなことを言われても甘んじて受けよう。
そう思っていた。
だけど。

「そうか」

短い言葉に続いて、クスリと笑う声がした。

「ならば仕方あるまい」
「え……?」

顔をあげるとなんだか楽しそうな表情が目に入った。

「好きにしろ、と言っている。というか、付き合うも付き合わねぇのも、お前たちの自由だ。もとから俺がクチを挟む筋合いはねぇよ」
「……じゃ、なんで……?」
「容姿だの、出自だのに惹かれただけで、金で簡単に別れるような奴なら、あいつを笑い飛ばすいい機会だと思ったんだがな。残念」

本当に残念そうな顔をしている。

「ま、会ってみたいと思ったのは、ちょっとした好奇心からだが。恋人として紹介したいだなんて言ってきたのは、お前が初めてだから」

恋人。
先ほどから言われていたのに、このとき唐突にその言葉の意味が形を成した。
と、それと同じくらい突然、ノックもなしに部屋の扉が開いた。

「てめぇ、いい加減に……」

入ってきたのは三蔵。
叔母さんに詰め寄ろうとするが、俺の顔を見るといきなり方向を変え、俺と叔母さんの間に立つ。まるで庇うかのように抱きしめられた。

「何をした?」

三蔵の険しい声。

「別に何もしちゃいないが」
「ふざけるな。じゃあ、なんで泣いている」

泣いて……?
言われて初めて気づく。

「三蔵、三蔵、違う。別になんでもない。これは……、これは……。なんでだろ?」

あれ? なんで? なんで泣いているんだろ?

「嬉しい……の、かな? 恋人って……」

考えるうちにますます混乱していく。

「もういい。考えるな。行くぞ」

促されて歩き出す。

「悟空」

呼び止められた。振り返る。

「これからは好きなときに遊びに来い。お前ならいつでも歓迎するぞ」
「行かせねぇよ」

俺よりも先に三蔵が答える。

「それから、俺の名は観音だ。後先になったが、そいつが教えているとも思えんのでな」

観音……。

「どう呼んでも構わないが、『おばさん』だけは勘弁しろ。呼ぶなら『お姉さま』だ」

バカが。
三蔵が、そんなことを口の中で呟いてドアを乱暴に閉めた。





「すごい人だね」

改めて八戒の店に行く途中で、呟いた。

「あいつか?」
「うん。いろんな意味で。すごく綺麗だし、すごく優しい」
「優しい?」

結局、認めてくれたんだと思う。
そして、あれが叔母さん――彼女なりの祝福の方法だったんだろう。

「三蔵、あの人のこと、好きでしょ?」
「何をいきなり」
「だって、三蔵って、どうでもいい人にはあんな態度とらないし」

つっかかっていく三蔵なんて、滅多にお目にかかれない。
それを軽くいなすんだから、やっぱりあの人はタダモンじゃないと思う。

「……ただのイケ好かないババァだ」

三蔵がそんな憎まれ口を叩きながら、喫茶店の駐車場に車を入れた。

「俺もね」

車の外に出ながら言う。

「俺も、あの人のこと好きだよ」

そう言ったら、すごく複雑そうな表情を三蔵は浮かべた。

「そういう台詞は俺だけに言っておけ」

くしゃりと髪をかき混ぜられ、そのまま頭を押されて店にと歩き出す。
扉を開けると、いつも通り、軽やかな鐘の音がした。

「Happy Birthday!」

と、それを打ち消すような大音声。あと、クラッカーのなる音。

何事?

思わずパチパチと瞬きを繰り返す。
中には大勢の人。

「内輪だけのつもりだったんですけどね」

苦笑を浮かべて八戒が言う。

「悟空の誕生パーティをするっていうのがバレたらこんな大人数になっちゃいました」

八戒や悟浄をはじめ、喫茶店の中はほとんど満員状態。お店の常連客がほとんど。

そして。

「ナタク、李厘」

二人の姿がある。それに。

「てめぇ、なんでここにいる」

三蔵の不機嫌そうな声。

「悟空の誕生日に俺がいないでどうする」
「……いや、どうもしないけど、焔」

焔までいる。

「人気者ですね、悟空」

にこにこと笑いながら八戒が声をかけてくる。

「ってより、みんな、暇なんじゃないの?」

クスリと笑って答える。

よくもまぁ、こんなに大勢の人が集まったものだ。
よくもまぁ、こんなに大勢の人たちから離れられると思えたものだ。

姿を消す、ということはそういうこと。
少し胸が痛んだ。

と、肩に手を置かれた。
振り返る。
三蔵。
何よりも、この人と離れられると思えたことが信じられない。

三蔵が微かに笑みを浮かべた。
なんとなく、ずっと皆と一緒にいていいんだと言ってくれたような気がした。

「待ってるぞ」

言われて中に入る。
三蔵と手を繋いで。





きっと忘れない。
ずっと忘れない。

この先、どんな楽しいことがあっても。どんな辛いことがあっても。
何があっても。

忘れない。

このときのことは。
このときに感じたことは。


忘れない――。



「Don't You Want Me Any More?」のエビローグ風の誕生日話です。
悟空のお誕生日は皆でお祝いになりました。
8か月にわたり、NovelTopと、ここで続けてきたこのお話もとりあえず一区切り。
何かしらが皆さまのお心に残れば良いな、と思います。