Gentle Hours


駅前まで出たついでにちょっと様子を見に八戒のお店に寄ったら、そのまま手伝うことになった。
ちょうど午後のお茶の時間で、なんだかたくさん待っている人がいるのに、八戒とバイト君が1人だけで、とってもたいへんそうだったから。
聞くと、その日は朝から忙しくて、客足が途切れることがなかったとのこと。
お昼ご飯も食べてないみたいだったから、ちょっとでも休憩して、といったんだけど、いつもの笑顔で大丈夫、と言われた。

昼シフトのバイト君が帰って、夜シフトのバイト君が来る……はずだったんだけど、なぜか現れず。
忙しいのは続いていたので、結局、閉店まで手伝った。
途中、現れた悟浄も巻き込んで。





「もう、今年はちゃんと祝おうと思ったのに」

思わず膨れっ面になる。
というのも、今日は八戒の誕生日なのだ。

本当はその準備のために駅前で買ったものを置かせてもらったら、家に帰って料理とか作って持ってくるつもりだった。
なのに急いで材料を買ってきて、ここで作る羽目になるなんて、これじゃ去年と一緒じゃんか、もう。
盛大にお祝いしようと思ってたのに。

……本人はあんまりめでたいとは思っていないみたいだけど。

2、3日前、今日の夜の予定を聞いたとき、八戒はあっさりとなにもないですよ、と答えた。
あんまりにもあっさり答えるので、念押しをしたら逆に不思議そうな顔をされた。
どうも完全に自分の誕生日を忘れていたようだ。
去年もそうだったんだけど。
あんまり誕生日ということにこだわりがないのかな。

「ほら、悟浄。ぼーっとしてないで、そこに入ってるクロス、テーブルにかけて。あと花瓶と蝋燭とクラッカーを出して。すぐ三蔵が花を持ってくるからお水入れといてね」
「カンベンしてくれ」

カウンターにつっぷしている悟浄が、その姿勢のままでいう。

「あ、僕がやりますよ」

と、隅で所在なさげに座っていた八戒が立ち上がる。

「いいの。八戒は座ってて。主役なんだし、悟浄より働いてるんだから」
「でも僕は慣れてますからそんなに疲れてないんですよ」
「慣れてるっていったって、今日は朝から晩までだったじゃんか」
「えぇ。でも、このところなんかそんな感じなんで」
「え? このとこって。ずっと朝から晩まで働いてるの?」
「バイトの募集をかけても、お店を任せられるような人ってなかなかいないですし。それにそもそも人が来ないんですよね。決まっても今日みたいにすっぽかされたり」
「なに、それ」
「最近、多いんです。面接して、来る日も決めたのに、当日になっていきなり辞めますって電話してくるとか、ひどいのは今日みたいに連絡もなしに来ない、っていうの」
「マジで? 信じらんない」
「ですよね。バイトだからいい、とでも思っているんでしょうかね」

にこにこと笑いながら八戒はいうが、目は笑っていない。
でもって、なんか周りをとりまくオーラがコワイ。
どう声をかけていいのかわからず、ちょっと引きかけていたところ、鈴の音がして三蔵が入ってきた。
グットタイミング。
なんとなくほっとして、いったん料理の手をとめて、大荷物を持った三蔵を出迎える。

「三蔵、ありがとう」

とりあえず花束を受け取って。

「悟浄。いつまでもダレてないで、これ、お願い」

悟浄の横に置く。
それでようやくのろのろと悟浄が起き上がった。

「ったく、俺じゃなくて、今、入ってきたヤツにやらせろよ。なんもしてねぇくせに」

ぶつぶつ言いつつも、悟浄は手を動かす。
いっても三蔵はやらないだろうってのがわかっているというのもあるだろうが、基本的にいいヤツだからだと思う。

「三蔵、なんもしてないってことはないよ。今朝だって、下ごしらえとかケーキの飾りつけとかいろいろ手伝ってくれたし」

ケーキの入った大きな箱は一度カウンターにおいて、下ごしらえ済の材料をもってまたカウンターの向こうに戻る。

「手伝うって、三蔵が料理を?」
「そ」

頷くと、八戒と悟浄は驚いたような表情を浮かべた。悟浄なんか手が止まっちゃってる。
なんだか驚きすぎっていう感じで、こっちのが不思議な気持ちになった。

「なに? そんなに驚くこと?」
「いや。三蔵サマと料理が結びつかないっつーか」
「そう? 確かにあんまり自分からは作らないけど、でも三蔵、作るときは結構いろいろ作ってくれるよ。美味しいし」
「へぇ」

感心したように悟浄はいい、それからおどけた様子でお辞儀する。

「それはそれは、ご馳走さまデス」

からかわれているようでむっとするけれど。

「たぶんそれはあなた限定でしょうね。あの人、誰にでもそんなことをするような人じゃないですし」
「俺らにだってしねぇな。ってか、料理に限らず三蔵が誰かのためになにかをするなんて、想像つかねぇ。けど、小猿ちゃんのためっていうと、なんかしっくりくるんだよな」
「不思議とね」

そんなことをいうふたりの表情を見て、ふっと息を吐く。

「もう。今日は八戒の誕生日なのに。また、俺がプレゼントもらったような気になっちゃったじゃんか」

我、関せずといった風情でそっぽを向いて煙草をふかしている三蔵をちらりと見て。
とても幸せな気持ちになって、料理を再開した。





悟浄と三蔵の持ち込んだお酒で、途中から誕生会というよりただの飲み会みたいになってしまった。
『飲むな』と止められているせいで俺が酔わないのは当然として、同じペースで飲んでたはずなのに、なぜかいま普通に座っているのは八戒ひとりとなっていた。

「俺、明日っから手伝おうか。だいたい忙しいんだったら、声、かけて。朝から晩まで働いていたら、八戒、体壊しちゃうよ」
「ありがとうございます」

にっこり笑って八戒はいう。それからちょっと俯いて、手に持ったグラスを見つめる。

「実はね、お店、畳もうかな、とも思ってるんですよね」
「えぇ? 忙しいから? だったら、俺、なるべく来れるようにするから……」
「いいえ。違いますよ。そういうことじゃなくてね。なんか悟空を見てたら、学生もいいかなと思い始めまして」
「へ?」
「僕、一応、大学に籍があるんですよ。休学扱いになっていますが。ちょっとね、入ったばかりのころ、いろいろありまして。で、最終的にこのお店を従兄から任されたんですが……というか、いまとなっては押しつけられたっていう方がいいかもしれませんが」
「そう……なんだ」

いろいろ、の中身は聞けなかった。
そういったときにすごく暗い目をしていたから。
計り知れないくらいの悲しみとか苦しみとかがあったんだろうな、と思った。

「悟空は大学、楽しいでしょ」
「うん」

そこは素直に頷く。

「授業が結構たいへんだけど。やんなきゃいけないことがたくさんあって。でも、いろんな人がいて、面白いよ。って、あんまり楽しいっていってると、三蔵が妬くんだけど」

くすっと笑って、膝の上で眠ってる三蔵の頭を撫でる。

「それはそれは、ご馳走さま」
「もう八戒まで」

ちょっと膨れて。でも、ふたりでくすくす笑い合う。
ひとしきり笑ったあとで八戒がいう。

「まぁ、まだちゃんと決めてないですけどね。もしかしたら店もやりつつ、学生もやる、なんてことになってるかもしれませんし」
「そっか。無責任だけど、できたら続けてくれたら嬉しいな。ここの雰囲気、好きなんだ。優しくて落ち着くし。だから、たいへんなときは声かけてね。できるだけ手伝うから」
「ありがとうございます。悟空は本当にいい子ですね」
「違うよ。八戒がいい人なんだよ。だから手伝いたいって思うんだから。なんのかんのいって、悟浄も三蔵も手伝ってるしね」

そう言葉をかけると、ふわりと八戒は笑みを浮かべた。
その笑みにつられるように笑う。
こんな風に穏やかに、これからも誕生日を祝っていけたらいいな、と思った。