ホットケーキ


「できたぞ」
「パンダしゃんっ」

目の前にコトンと置かれたホットケーキに、悟空はガタガタと子供用の椅子が鳴るくらいに体を揺らして喜びの声をあげた。
ほかほかと湯気の立つホットケーキには、チョコレートソースを使って、パンダが描かれていた。
手放しで喜ぶ悟空の姿に、パンダ作成者の赤い髪の青年は鼻高々という表情を浮かべた。

「悟空。危ないですから、椅子で暴れないでくださいね」

小さな体を支えるようにして、緑の目の青年が悟空をきちんと椅子に座らせる。

「……ごめんなしゃい」
「わかればいいんですよ」

青年は優しくいい、ホットケーキの横に泡立てた生クリームと、バナナを飾る。

「はい。これで完成です。温かいうちにどうぞ」
「わーい」

悟空はホットケーキにフォークを突き刺し、大きく切り取ると、口いっぱいに頬張った。

「おいしーっ」

まろい頬を赤くしてにこにこと幸せそうに笑うさまは、たいそう可愛らしく、見ているものも思わず笑みを誘われる。
事実、同じテーブルを囲む青年二人は、蕩けそうな顔をしていた。そんな二人に見守られながら、悟空はもうひと口分、ホットケーキを切り取った。

「ん、しょ」

が、今度は自分の口に入れず、フォークに突き刺したまま、椅子を降りる。

「悟空?」

八戒の声を背に、悟空はたかたかと隣のリビングに向かう。

「はい」

そして、そこのソファーに座り、膝に置いたノートパソコンでなにやら作業をしている三蔵の前に立つとフォークを差し出した。
三蔵はちらりと悟空を見ると、すぐにディスプレイに目を戻す。

「いらん」
「おいしーよ?」
「いいから、自分で食え」

画面から目を離さずにいう。
しゅんとする悟空を見兼ねて、キッチンの方から声がかかる。

「ひどいですね、三蔵。せっかく悟空がおすそわけしにいってあげたというのに」
「そうよ。それとも、俺らの作ったものは食べれない?」
「……あなたは絵を描いただけですけどね」

八戒と悟浄の言葉に、三蔵の額に皺が寄る。
が、言い返しても時間ばかりとられて不毛というのは経験上わかっている。三蔵は溜息とともに悟空の小さな手をとって、ホットケーキを口に入れた。

「……甘ぇ」

眉間の皺が深くなる。が、そういう表情にも関わらず、食べてくれたことが嬉しくて、悟空は笑顔を見せる。
三蔵は悟空の頭に手を置いた。

「少し向こうでおとなしくしてろ」
「うん」

悟空は頷くと、足音も軽く椅子に戻り、またホットケーキに取りかかかった。
凄い勢いでホットケーキは悟空の腹に収まっていく。

「そんなに急いで食べなくても、だれもとりゃしねぇよ。それともまともに食べさせてもらってねぇのか?」
「可哀想に。もっと食べますか?」
「うんっ。でも、ご飯はちゃんと食べてるよ。さんぞーのご飯、おいしいよ?」

席を立つ八戒を見上げて悟空はいう。

「悟空はいい子ですね」
「泣かせるね。どうよ、三蔵さま。こんなこと、いってくれる子なんてそうそういねぇぞ」
「……うるせぇ」
「あぁ? 照れちゃって、まぁ」
「うるせぇっていってんだよ」

ガタン、とリビングのローテーブルが揺れた。

「だいたいなんだっててめぇらはヒトん家に勝手にあがりこんでる」
「編集者だから」

額に怒りのマークを浮き上がらせているような三蔵の言葉を、さらりと悟浄はかわす。

「編集者が作家のトコに原稿を取りに来るのは当たり前のことだろうが」
「できたら社に届けるって何度もいってるだろうが」
「センセ、締切破りの常習者だから、信用ないのよ」
「だったら、おとなしく応接間で待ってりゃいいだろ。なんだってキッチンなんかにいる?で、なんで俺がココで仕事をしなくちゃならん? しかも勝手に料理は始めるし」
「あなた、締切が近くなると、悟空のご飯に手を抜くじゃないですか。悟空は育ち盛りなんですから、栄養のバランスを考えてあげなきゃいけないのに。それに美味しいおやつだって必要不可欠なんですよ。あなたを見張れて、ご飯を作ってあげられる。一石二鳥とはこのことです」
「……意味、わかんねぇよ」

きっぱりと言い切る八戒に、三蔵は小さく呟く。
と。

「……くぅ、じゃま?」

もっと小さな声がした。
カタン、とフォークを置く音が響いた。

「邪魔なわけないじゃないですか」
「そうだぞ。だれもそんなこと、いってねぇぞ」

俯いてしまった悟空に、慌てて八戒と悟浄が代わる代わる宥めるようにいうが、悟空の顔は上がらない。どころか、ポタン、と涙の滴が握りしめた小さな拳の上に落ちた。
ふぅ、と溜息をついて、三蔵は脇にパソコンを置くと悟空のそばにと寄っていった。
くしゃりと、悟空の髪をかきまぜるように撫でる。

「邪魔じゃねぇよ」

悟空は涙が浮かぶ目で三蔵を見上げた。

「邪魔なのはそこの二人だ。仕事が早く片づくよう、相手をしてろ」
「……うんっ」

安心したかのように、悟空は笑みを浮かべて、大きく頷いた。
その途端、また零れ落ちた涙を拭って、三蔵はソファーにと戻る。

三蔵の言葉でいとも簡単に機嫌を直した悟空と、もうなにもいわず仕事に集中する三蔵に。
敵わないな、と八戒と悟浄は目を見交わした。