ダンデライオンの勇気


「……う、にゃ?」


お昼寝から目を覚ますとひとりだった。
悟空は、こしこしと目を擦りながら辺りを見回した。


「しゃ、んぞ?」


起きたばかりで、舌足らずなのが余計に舌足らずになる。

名前を呼びながら辺りにくまなく視線を走らせ、どうやら三蔵がここにいないというのがわかったらしい。
見ているものがいないのが勿体ないほどの可愛らしい仕草で悟空は首を傾げると、んしょ、と立ち上がった。

悟空のお昼寝の場所は三蔵の仕事部屋だ。

赤ん坊の頃は目が離せなかったので、そこで寝かせていたのだが、その習慣がそのまま残っていた。
だいぶ大きくなったいまでは多少目を離していても大丈夫だから、ここで寝る必要はない。

だが、悟空にとって一番安心して眠れる場所はここらしく、一度、別の部屋で寝せようとしたのだが、結局ここに戻ってきた。
起きていればなにかと煩いのだが、眠ってしまえば静かなものだったので、三蔵の方も無理に別の部屋で寝せようとしなかったのもあって、結局、悟空のお昼寝の場所は三蔵の仕事部屋に定まった。

だから、お昼寝から悟空が目を覚ますと、必ずそこに三蔵がいるはずなのだが――。


「う〜」


と背伸びをして、悟空は扉の取っ手掴むと、カチャと音を立てて開ける。

と、いい匂いがした。
クンクン、と悟空は鼻をひくつかせ、匂いに誘われるようにキッチンにと向かった。


「あ、悟空、起きたんですね。いまドーナツを作ってるんですよ。もうちょっと待っててくださいね」


キッチンには優しい笑顔を浮かべる八戒がいた。
が、三蔵はいない。ドーナツという言葉に惹かれながらも悟空は八戒に聞く。


「さんぞ、は?」

「ちょっとだけお外に行ってますが、すぐに戻ってきますよ」


その答えに、悟空は目をぱちくりとさせる。
なにかがヘン、だと思った。いままで、三蔵が悟空になにも言わずに出かけてしまったことはない。


「いまちょっと油を使っているので――。危ないですから、僕には近づかないでくださいね」

「うん」


八戒の言葉に頷きつつ、悟空はそろりとキッチンを抜け出して玄関にと向かった。

――きっと三蔵は悪い奴らにさらわれたんだ。

昨日見たテレビ番組が悟空の頭のなかで再生される。

――助けなきゃ。

靴を履いて、外にと飛び出した。
タカタカと闇雲に走る。と、空き地の向こうに金色の光が見えた。三蔵だ。一緒にだれかがいる。そいつが――。

悟空は、なにか武器になるものはと、辺りを見回した。そして――。


「待てっ!」


悟空は、三蔵ともう一人の前に立ち塞がるようにして道の真ん中に立った。


「こいつめっ」


それから手にしたたんぽぽの綿毛を、三蔵の隣にいる人にふぅっと吹きかけた。
三蔵の手を引いて、そいつから三蔵を離し、キッと睨みつける。


「……えぇっと」


そいつはちょっと困ったような声をあげ――だが……。


「ごじょ?」


悟空はきょん、とした顔で、そいつの顔を見上げた。
そいつ――というか悟浄だ。敵だと思い込んでいたものが、悟浄の顔をしている。これはどういうことだろう――。

一瞬、辺りに沈黙が降りた。





家に帰ってから、三蔵がさらわれたと思ったと悟空が説明すると、悟浄と八戒は笑い出し、悟空はむくれるように頬を膨らませた。

が。
三蔵だけはわかってくれたようで。

褒めるように頭を撫でてくれたので、すぐに悟空は機嫌を直し、笑顔になった。