マーガレットの憂い


庭の隅で悟空がなにやらごそごそやっているのに、三蔵は気がついてはいたが、特に気にはしていなかった。

周囲に一緒に遊ぶ小さな子供がいないせいもあって、悟空はひとり遊びが得意だ。
放っておいても、ひとりでなにやらやっている。
だから特に声もかけずに仕事部屋にと引っ込んだ。

が、開け放した窓から俄かに冷たい風が吹き込んできて、三蔵は顔をあげた。
空を見ると、いつの間にか重苦しい雲がかかっている。

そういえば天気予報で、今日は午後から雨になって気温が下がると言っていたな、と思い出した。
上着を手に庭にと下りる。


「悟空、なかに入れ」


声をかけて、上着を着せようとして。


「なにやってんだ、お前」


座り込んでいる悟空の前に、花弁が散らばっているのが目に入った。
よく見てみると、庭の隅の白い花が――確か、そこに白い花がいくつか咲いていたはずなのだが、萼だけになっている。

庭といっても、猫の額のような小さな庭だ。

気がついたときに雑草を抜いたりはしているが、それほどマメに世話をしているわけではない。
実を言うと植えてある植物の名前さえ怪しい――というような状態で、丹精込めているとは言い難いのだが。


「せっかく綺麗に咲いていたのを、なにをしているんだ。可哀想だろうが」


少し強めの口調で叱る。
が、悟空は三蔵の方を見ない。

口を一文字に引き結んだまま、花の残骸を見ている。

悪いことをしたとわかれば素直に謝ってくるのだが、自分が正しいと思い込んだことには意外と強情な子供だ。
これもなにか悟空なりの考えがあるのか、と三蔵が溜息をついたとき。

悟空の目から、涙が零れ落ちた。

少し驚く。

口を引き結んだまま、ぽろぽろと泣く様はあまり子供らしくない。
なにがあったのだろう。


「どうした?」


それで三蔵は膝をついて屈むと、悟空と同じくらいの目線の高さになって話しかける。
と。


「さんぞ、くぅのこと、キライ?」


ぽろぽろと泣きながら悟空が問いかけてきた。


「何度やっても、キライなの。くぅのこと、キライ? キライはやだぁ」


そして、声をあげて泣き出した。
わんわん泣いている理由が悟空の言葉だけではわからなくて、三蔵は少し途方に暮れる。


「キライじゃねぇよ。キライじゃねぇから、泣き止め」


が、とりあえず泣いている原因を取り除こうとそう言ってみる。
と、泣き声がやんだ。


「くぅ、キライ、じゃない?」


しゃくりをあげながら、悟空が問いかけてくる。


「キライじゃねぇって言ってんだろ。なんで、そう思うんだ?」

「お花。スキ、キライってやってたら……」


またぽろぽろと悟空の目から涙が零れ落ちる。
が、今度のはわかった。花占いというやつだろう。
三蔵は溜息をついた。それから悟空を抱きあげてやる。


「そんなこと、花に聞くんじゃねぇよ。俺に聞けばいいだろうが」


そう言ってやると、涙に濡れる大きな金色の目がじっと三蔵を見つめてきた。


「さんぞ……くぅのこと、キライじゃない?」

「あぁ」

「スキ?」

「あぁ」

力強く答えてやると、泣き顔はぱぁっと笑顔に変わった。


「くぅもっ! くぅも、さんぞ、ダイスキっ」


抱きついてくるのを、背中をぽんぽんと撫でてやる。


「知ってる。だから、もう花になんか聞くなよ」

「うんっ」


すっかり笑顔に戻ってぎゅっと懐いてくる悟空を抱きあげたまま三蔵は家のなかにと入っていった。