偶然と運命


「最後尾はこちらです」

こちらに向かって歩いてくる人をプラカードを振って誘導する。
開店までまだ1時間くらいあるのに、結構な人が並んでる。

早朝手当てを出すから、始発で来いと言われたときには『オオゲサな』と思ったんだけど、イザ店に着いてみると、既に2、3人がお店の前にいて。
それからどんどんと…とは言わないけど、着実に人が増えていた。

みんな、『限定品』という言葉に弱いのかな。
そのうえ『クリスマス』って言葉がつくと、効果は絶大なのかもしれない。
なんてことを考えていたら。

「すみません」

と声がかかった。振り返ると、背の高い二人組みの男性がいた。

「これって何の列?」

また増えたかな、と思ったが、どうやら並んでいる人たちを不思議に思っただけらしい。

「クリスマス限定のアクセサリが今日発売になるんで、その列です」

結構カッコいい男子だからきっと彼女がいるだろうな、そしたらお客さんになるかもしれない、と頭のなかで素早く計算して、とりあえず愛想よく答える。

「へぇ。なんていうブランド?」
「Gです」
「G? 聞いたことないな」
「最近できたばかりですからね。こういう感じのものなんですけど」

と、クリスマスに合わせて着ていたサンタ服の襟元のブローチを見せる。

「あと、こういうのとか」

それから帽子の下の前髪を止めているピンを見せる。

「可愛いね」

との言葉に、そうなんだよねー、と心のなかで呟く。

さすが、というかなんというか。女の子が喜びそうなデザインなのだ。
のでクリスマスプレゼントというより自分買いするつもりなのか、結構女の子も並んでる。

「いや、違くて、可愛いのはキミのこと」
「は?」
「このバイト、いつまで? 終わったら俺らと遊びに行かない?」
「はぁ???」

呆気にとられているうちに手を掴まれた。

……愛想売って、損した。

まったくもう、どうしてくれよう、と思っていたところ。

「うわっ」

急に、後ろから体を引かれた。掴まれていた手が強引に外される。

突然のことで、バランスを崩してよろけるが、ぽすっと受け止められた。

見上げると、豪奢な金色の髪が目に入った。鋭利な暗紫の瞳は俺ではなく、前に立つ二人組みに向けられている。
と、その迫力に押されたのか、なんかもごもごと口のなかで言って、二人組みが遠ざかっていった。

「あの……ありがとうございました」

礼を言うと、不機嫌な顔が向けられた。

間近でみるとホントに綺麗だ。……ちょっと怖いけど。
でも、こんな機会、滅多にないんで勇気を出して話しかける。

「えと……このとこよく会いますよね、駅とか、家の近くとかで」

と、少し眉があがった。で、向こうも覚えてくれてるんだ、と少し嬉しくなった。

そう。
この人は、なんだか最近やたらと見かける人で、すごく気になる人だった。
それは綺麗、という理由だけでなく。

「ここの限定品、買いにきたんですか?」
「なんで、そんなのをわざわざ買わなきゃならない」
「……ですよね」

ふぅ、と溜息をつかれてしまった。

だよな。こういう人がプレゼントに買うんだったら、もっと大人っぽいのだろうな、きっと。
そう思いつつじっと見上げてたら、眉間の皺が深くなった。

う。

あんまり話しかけない方がいいかも。

「じゃ、俺、バイト中ですんで。ありがとうございました」

これ以上不機嫌そうな顔にならないうちに、そそくさと列の整理に戻る。

あーあ。
度重なる偶然を、運命みたいだって勝手に思ってたんだけど、現実は難しいな。

ちょこっとだけ落ち込んだ。



だけど。
実は、その綺麗な人も俺に話しかける機会を窺っていたのだと知ったのは、それからしばらくしてからのこと。

やっぱり運命だったんだ、と嬉しくなった。