あの空を忘れない


吹き飛ばされた勢いのまま地面に打ち付けられ、息が詰まった。
目の前が暗くなって――もしかしたら一瞬、気を失っていたかもしれない。
気がつくとあたり一面ものすごい土煙が舞っていた。
まともに吸い込んでしまい、咳き込んだところ、胸から頭に突き抜けるように鋭い痛みが走り抜けていった。

「……ってぇ」

思わず呟くが、それも痛い。
もしかしたら肋骨の1本や2本、イッてるかも。

ついてねぇ。

そんなことを思いながらそろそろと体を動かし、地面に大の字になる。
ふぅっとゆっくり息を吐きつつ体の力を抜いて目を開けると、だいぶ薄くなった土煙の向こうに空が見えた。

暗い空。

墨を流したかのように、真っ黒な雲が空を覆っている。
時折光るのは、雷だろうか。
と思った途端、光の筋が地上にと落ちていくのが見えた。
すぐ後に轟音。
結構近くに落ちた。

というか。
これは自然現象ではない。
歪んだ強大な妖気の現れ。
この現象を起こしているもとが近いのだから、それも当たり前のことだ。

「やっぱり城を構えてるヤツってのは、違うなぁ……」

今までの雑魚とは格段に強さが違う。

「……なにをいってるんだ、紛らわしい」

と、寝転がった頭の上の方から声が聞こえてきた。
ふと視線をあげるのと同時にまた光が走る。

今度のは本当に近い。

辺りが一瞬、真っ白になった。
そして、その光を背負うかのように姿を現したのは。

「三蔵――」

あぁ、と思う。

光。

やっぱり、この人は光なんだ。
圧倒的な光が消えても、闇の中、その姿は輝いて見える。

「情けない台詞の割には随分と楽しそうじゃねぇか」
「そりゃ、ね」

相手が強ければ強いほど、燃えるというものだ。

「だが、やられてれば世話ねぇな」

その言葉にむっとして、いい返そうとして。

「……ってぇ」

ヘンなとこに力を入れたみたいで、また痛みが突き抜けていく。

うー。ズキズキする。

思わず縮こまったところに。
すっと手が差し出された。

「三蔵……」

びっくりして目の前の手をみつめる。
銃を扱う手だ。白魚のように、とはいかないけれど、それでも綺麗だと感じる手。
その手が目の前に差し出される光景は。

初めて三蔵に会ったときのことを思い起こさせた。

なんだか胸がいっぱいになって手を取ると、不思議と痛みがひいていった。
軽く引っ張られて起き上がった。

「なに、にやついてやがる」
「思い出してた」

問いに短く答えると、もともと苦虫を噛み潰したような表情をしていた三蔵の眉間の皺がさらに深くなった。
それから乱暴に手が離される。

「待てよ」

くるりと背を向けて歩き出す背中を追いかける。
なんだか昔のことと重なって、ぐるぐるっていうか、ふわふわっていうか、そんな感じになる。
あの時もこうやって背中を追っていった。
だけど。

「晴れてたよね」
「……なんの話だ」
「初めて三蔵に会った日」

岩牢から出ると、抜けるような青い空が頭上に広がっていた。
キラキラと光が降り注ぎ。
信じられない思いで、それを見つめた。

そのときの感傷にひたっていたら。

「忘れた」

前を向いたまま三蔵から素っ気ない答えが返ってくる。

「嘘つき」

覚えているからこそ、そんな態度になっているんだろうに。

三蔵が三蔵になってから初めて、振り払うことも捨てることもできないものができた日。

忘れようにも忘れられないだろうに。
でも。

「ま、忘れちゃってもいいんだけどね。三蔵が忘れちゃっても、事実は残るし」

自分から手を伸ばして腕を掴まえる。

「だから、なんの話だ」
「おれは三蔵のそばにいるってこと」

守るものでも、守られるものでもなく、ただ捨てられないものとして。

「それに、三蔵が忘れちゃっても、俺は覚えてるし」

あの空を。
そのときに感じた気持ちを。

「さて、サクサクやっつけに行きますか」

腕を掴んだまま、暗雲が立ち込める空の下の城を目指した。