咲き誇る花よりも



雲行きが怪しくなってきたところ、雨を避けるのにちょうど良さそうな小さな洞窟が見つかった。
このままジープで走っていても今日中には町には着けなさそうだし、距離をかせいだところで雨に濡れながら野宿になるのは避けたい――ということで、ちょっと早いが今日はそこで泊まりという話になった。

夕食の時間まではまだ時間がある。
荷物を置くと、その辺を探検してくる、と言って悟空は外に飛び出した。
洞窟の周辺には木々が生い茂っていて、この季節、なにか夕食の足しになるものがあるかもしれない……と思ってのことだったが、特に当てがあったわけではない。
なんとなく歩いているうちに、ふと緑のなかに淡い薄紅色があるのに気がついた。


「桜?」


誰もいないのに、思わず声に出してしまう。
季節は移りだいぶ暖かくなって、桜は既に散ってしまった頃だった。
もちろん薄紅色の花がすべて桜というわけでもないだろうが、直感的に桜ではないか、と思ってしまう。

桜は悟空にとって特別な花だった。

なぜ特別と思うのか――理由は自分でも定かではなかったが、桜が咲いているとちゃんと見ておかねば……と思う。
咲いて散るさまをちゃんと見ておかねば、と。
そんなことを考えながら、足を動かしていると。


「……うわぁ」


思わず感嘆の声をあげる。
そこに咲いていたのは、思った通り桜の花だった。
だが桜は桜でも、幾重にも花びらの重なった八重の桜と、空から零れ落ちてくるような枝垂れの桜。


「きれぇ」


木の数はそんなに多くはない。そこの一角だけ。せいぜい5、6本だ。
だが見上げれば空を覆うように、いまが盛りと咲いている姿は、最近まで咲いていた一重の桜とはまた趣きの違う、迫力のある美しさがある。
そして、いまにも降り出しそうな暗い空の色のせいだろうか。
なんだかとても雰囲気のある――美しさ。

これが抜けるような青空だったら、きっと華やかな印象だけだったろうに。
重く立ち込める雲を背景とした沈んだ紅の色は艶やかで、まるで――誘うようで――……。

悟空はふらふらと桜の木に向かうと手を伸ばして幹に触れ、花を見上げた。

はらはらと、包み込むように花びらが舞い落ちてくる。
本当に――なんだか妖しげといってもいいような美しさだ。
飽くことなく見つめ続ける。

どのくらいそうしていたのか。

いつの間にか細かい雨が落ちてきていた。
それに気づいて、濡れてしまうから帰らねば……と頭の片隅で思うが動けない。


ただ桜が――。


と。


「……っ?」


突然、腕をひかれた。乱暴に。たたらを踏んだところ、ぽすんと抱きとめられた。
その温かさと、嗅ぎ慣れた香りが。


「さんぞ?」


顔を見なくてもわかった。


「あ……」


次の瞬間、乱暴に桜の木に背中を押しつけられた。
なにごと――と思う間もなく。


「ん……」


唇が塞がれる。舌が忍び込んでくる。
深い――頭の芯を蕩かしてしまうような、キス。


「ふっ……」


息継ぎのために少しの間離れるのも惜しくて、唇を追ってしまう。
くらくらと眩暈がしそうなほどに甘いキスに溺れていたところ。


「ひ、ぁっ」


いきなりなんの前触れもなく、服の上から中心に手が添えられた。


「や……っ、やだっ」


既に熱を持ち始めていたそこは、揉みしだくように触れられて急速にその存在を際立たせていく。


「う……んんっ」


逃げ出そうとするが、木に押しつけられていて身動きができない。やめて、と懇願しようとしたところ、もう一度唇が塞がれた。
絡みつく舌に理性が浸食されていく。


「んっ、はぁ……っ」


時折、息継ぎのためにずらされる唇からはもう切なげな声しか出てこない。
高められた熱はもう服の上から触れられるだけでは――。


「三蔵、三蔵――」


ぎゅっとしがみついてその名を呼ぶ。
と。


「そうやって俺の名だけ呼んでればいい」


そんな囁き声が悟空の耳元でした。
そして――。


「三蔵っ」


少しひんやりとした手で直接触れられて、ふるりと震える。
手の冷たさというよりなにより――。


「あ……っ、三蔵っ」


しがみつく手に力が入る。
翻弄されながらも、高みへと導かれていく。
やがて内に入り込んでくる熱に――。


「三蔵――っ」


悟空は一際高くその名を呼んだ。









――――もう桜は目に入らない。





遅まきながら7周年記念…ということで。
なにやらいろいろすみません…。それでもいらしてくださる皆さまに感謝を込めまして。