牽制


――眩しい……。

瞼の裏に感じた日射しを避けるため、悟空はもぞもぞと寝返りを打とうとした。

――あ、れ……?

だが、その途中で違和感を覚え、半分寝たまま確かめるようにポンポンと周囲を叩く。
手に返ってくるのは布団の柔らかな感触だけだ。
一瞬、手が止まり、それから、むぅっとした表情で目をこしこし擦りながら悟空は起き上がった。

「さんぞ……」

きょろきょろと辺りを見回して名を呼ぶが、どこからも返事は聞こえてこず、明るい日差しの差し込む部屋は、しんと静まり返ったままだ。
ますますむぅっとした顔で悟空は寝台から降り、ペタペタと裸足のまま外に向かう。
外は良い天気で、キラキラと日射しが輝いているようだ。
だがそんな明るいなかでも、さらに輝いて見える金色の姿が――。

「さ……」

名前を呼ぼうとしたとき、ふわりと目の前を薄紅色が通り過ぎて行った。
桜の花びらだ。
そう意識した刹那、ザッと音を立てて強い風が吹き抜けていった。
目の前が薄紅色で埋めつくされる
目隠しをされたように、周囲の景色がなにも見えなくなる。
そして、風がやみ、ふわりふわりと漂う花びらが地面に落ちきったとき、金色の姿は先ほどいたところから消えていた。

「三蔵?」

悟空は微かに眉根を寄せ、辺りを見渡すが、どこにも姿は見えない。

「三蔵っ」

突然、弾かれたかのように、悟空は必至の面持ちで駆け出した。
どこに行ったのだろう。まるで神隠しにあったかのように姿が消えた。
もしもこのまま――。
不安が押し寄せてくる。

「三蔵っ」

と、泣きそうになりながら名を呼んだところ。

「なんだ?」

と、桜の木の影から何事ごともなかったかのように――ごく普通に返事が返ってきた。
三蔵は桜を眺めながら、木の周りを歩いていただけだったらしい。
大きな木だったから単に死角になって見えなかっただけで、別になにがあったというわけではないが。

「もう、どこに行ってだんだよ」

ぷくっと頬を膨らませて、悟空は文句を言う。

「その辺を散歩してただけだろうが。それよりお前こそ、なんだ、その格好は」

呆れたように言われて、悟空は自分の姿を確かめるように見る。

「だって、服を着るのが面倒だったから。急がないと、三蔵、ひとりで帰っちゃうんじゃないかって」
「帰らねぇよ」

さらに呆れたように言われる。
三仏神からの依頼を受け、近郊の街に出かけた帰り道だった。途中で日が暮れてきたので宿を取ったのだが、そこで『三蔵法師』というのがわかって、桜に囲まれたこの離れを提供された。

「だいたいさ、脱がせたの、自分じゃんか」

ふわりと悟空は三蔵に抱きついていく。
纏っただけのシーツが揺れて、すんなりと伸びた脚が露わになる。

「誘っているのか?」

柔らかく抱きとめながら、三蔵が耳元に囁く。

「どっちかってーと、牽制してる」
「あ?」
「桜」

そっと悟空は唇を重ねる。

「桜ばっか見んなよ」

金色の瞳がまっすぐに三蔵を射る。

「……そうならねぇようにしてみろよ」

三蔵の言葉に笑みを浮かべ、悟空はゆっくりと顔を近づけていった。





10周年記念に。(実際にあげたのは11周年ですが…)