名前
悟空。
空を悟るもの。
この子供の本質にふさわしいその名前は、名付けた者がいかにこの子供を慈しんでいたのかが、推し量れるものだ。
それはきっと、この子供の素直な性格にも表れている。
記憶は失われても、その性格や所作は変わることはない。
そんな風に慈しまれていたからこそ、異端でありながらもひねくれることがなく育ち、こんな風に素直で明るい性格になったのだろう。
名を付けたのは、いったいどのような人物だったのだろうか。
どんなふうにこの子供に接していたのだろうか。
「……さんぞ?」
無意識のうちに三蔵は、眠る悟空の髪を指に絡め、それを軽く引っ張ってしまったようだ。
悟空がぽよぽよと目を擦りつつ、起き上がってこようとしていた。
「なんでもない。寝てろ」
髪から手を放して、三蔵はそう言う。
「うん」
頷きつつも、悟空がふわりと抱きついてくる。
「寝てろと言ってるだろうが」
「うん」
ゆっくりとした呼吸が、三蔵の肩にかかる。寝ぼけているのだろうか。
三蔵は悟空の背に手をまわし、寝台に寝かせようとするが。
「……なんかあった?」
寝台に横たえたところで、悟空がじっと大きな金色の目で見つめてきた。
「なんでもねぇって言ったろ」
「うん。だけど……」
悟空の手が伸びてきて、三蔵の眉間に触れる。
「ここ、皺が寄ってる」
「んなの、いつものことだろ」
と言ってはみるが、悟空はじっと三蔵を見つめたままだ。三蔵は軽くため息をついた。
「お前の名をつけたのは誰なんだろうな、と考えてた」
誤魔化したところで意味はない。この子供には悟られてしまうだろう。それに、何故とは聞かれないような気がした。それは三蔵にもわからないことなのだから。
「えぇと……覚えてねぇ」
今度は悟空の眉間に皺が寄る。
「あぁ。知ってる。だから、なんでもねぇって言ったんだ」
「そっか」
「気がすんだか? まだ朝まで時間がある。寝ろ」
しばし沈黙が降りる。
「あのさ。三蔵に名前をつけてくれたのって誰?」
「あ?」
「三蔵にだって、名前をつけてくれた人がいるんだろ?」
「玄奘の名か? それはお師匠様が……」
「その前の名前は? えっと、江流?」
久し振りに呼ばれた。その名――江流。
しかもそれが悟空の口からとなると、なんだか不思議な心持ちがして、三蔵は思わず悟空をまじまじと見つめてしまう。
「……それもお師匠様だろう」
「そっか。俺の名前もさ、俺は覚えてねぇけど、三蔵のお師匠様のような人がつけてくれたんじゃないかな。親なんていないだろうし」
「お師匠様のような?」
「うん。そうだと思う。だってこの名前、すごく大切だから。それはきっと三蔵にとってのお師匠様のような、大切な人がつけてくれた名前だからだと思う。三蔵も、自分の名前、大切だろ?」
にっこりと、本当に嬉しそうな笑みが浮かぶ。
大切な人――お師匠様。
その人に向ける感情は悟空へのものとは違っていて――……。
「そうだな」
言いつつ、三蔵は悟空のすぐ横に身を横たえた。と、悟空がすかさずぎゅっと抱きついてきた。
小さな、忍び笑いがする。
「なんだ?」
「ううん。なんか――嬉しいなって。三蔵とこうしているのが」
ますまず悟空は三蔵の方へと身を寄せてくる。
「大好きだよ」
「……あぁ」
ゆっくりとその背に手を回し、抱きしめ返しながら短く三蔵は答える。
かつて、この子供を慈しんだ存在は確かにあるのだろう。
そしてこの子供もまたその人物を慕っていたことだろう。
だが。
向けられる感情は、たぶん今、自分に向けられるものとは違っていて――。
「悟空」
そっと、三蔵はその名を呼んで目を閉じた。