1. これを運命と言わずして何と言う


 迷子、というやつかも。
 抜けるように青い空を見上げてため息をつきそうになった。
 ちょっと美味しそうな匂いに気をとられていただけなのに。買ってもらおうと思って振り返ったら、八戒も悟浄もいなかった。
 なんだか、こーゆーのも久しぶりだよなぁ。えっと、とりあえず迷子の時は……。
「その場から動くな」
 頭の中に低い声が鮮明に響いた。
 うーん。でも、さっきから二人を捜して散々うろつき回っちゃったからなぁ。とりあえず、ここにいると人通りの邪魔になるし、ちょっと避けて考えよ。
 とてとてと目についた噴水の方に歩いていって、その縁に座る。
 ここはいくつかの街道が交差する交通の要所で、かなり大きな町だと八戒が言ってた。行き交う人々をぼんやりと眺めていると、なんだが本当に遠くまで来たんだな、と思う。
 来る日も来る日も、岩牢から空を見上げていた。あのときは、こんなに人がたくさんいるところに自分がいるなんて、考えもしなかった。
 三蔵が、あの岩牢から連れ出してくれた。
 広い世界をくれた。
 あれからいろんなことがあった。寺院での生活。悟浄と八戒と会って。そして、今、西に向かって旅をしている。
 いろいろと変わっていくこともあるけど、ただひとつ変わらないことがある。
 三蔵――。
 あの人がそばにいること。
「何をしてる」
 自分の考えに深く沈みこんでいたら、頭の上からまさに考えていた人の声が降ってきてびっくりして顔をあげた。
「さんぞー」
 なんでこんなトコにいるんだろう。いつもなら、宿屋で新聞を読んでいるのに。
 そんな問いかけが顔に出ていたのか、三蔵は手にしていた煙草を見せて不機嫌そうに言った。
「煙草を頼むのを忘れてた」
 なんだが嬉しくなった。顔がほころぶのを止められない。
「俺はね、迷子になってた」
 誇らしげな口調になってしまう。案の定、三蔵は呆れた顔をした。
「三蔵が見つけてくれて嬉しい」
「フン、偶然だ」
 三蔵はそう言うとさっさと立ち去ろうとする。
「偶然じゃないもん!」
 その背に声を大にして宣言する。
 あなたに出会えたこと。
 これを運命と言わずして何と言う。