2. 飼い主。それとも保護者?


 人込みにうろうろと視線を彷徨わせた。ただ今、行方不明の小猿を捜索中。
「あ、いたようですよ」
 八戒の声がした。さっきまで心配そうにしてたくせに、なんだがのほほんとした口調だ。その視線を追っていくと、確かに小猿がいた。その他に……。
「……良い子はおうちでお留守番、じゃなかったのか?」
 小猿ちゃんは、とても嬉しそうな顔ではしゃいでいる。手を伸ばしてじゃれつくその先には不機嫌そうな顔をした最高僧さま。
「ったく、慌てて捜してたっつーのに」
 ぼやきのひとつも出てくる。
 いつものように八戒について悟空と買い出しにきて、ふと目を離した隙に悟空がいなくなった。どうせ、どっか食い物屋でひっかかってるんだろうと思って引き返したが、どこにも悟空の姿はなかった。
 ちょっと青くなった八戒が、あちこちと捜し回るのに、荷物を持ったまま付き合った。
 俺としては、そんなに心配はしていなかった。あれは外見も中身も子供だが、身に降りかかる火の粉を払うことはできるし、第一、あれをどうこうできる人間は――妖怪だっていないだろう。 
 それに迷子になっても、絶対帰ってくる。森の中に捨てても、帰ってくるだろう。ヤツが唯一執着している金髪の僧侶のもとに。
「ま、こんなものかもしれませんね」
 八戒の目は穏やかだ。ったく、悟空にはとことん甘い。と、その表情が動いた。ちょっと心配そうになる。
「おや、なんかまた食べ物屋さんにひっかかりそうですね」
 視線を戻すと、匂いにひかれたのか、悟空の足取りが鈍くなり、屋台の前で止まった。そのままじっと屋台の親父の手元を見ている。先を歩いていた三蔵が引き返してきて、すかさず手にしたハリセンを振るう。
「うーん。さすが飼い主」
 思わず声が出た。悟空の方なんか振り向きもせずに前を歩いていたくせに、屋台でひっかかったのがわかるなんて。
「というより、保護者?」
 ぎゃんぎゃんと騒ぐ悟空に何か言い聞かせているらしい三蔵を見て、八戒が言う。
 どちらにしても微笑ましい光景だ。
 やがて、三蔵が悟空の手をひいて屋台から離れていった。
「おや、宿屋とは方向が違いますね」
 途中で細い道を折れた二人を見て、八戒が小首を傾げた。
「最高僧さまのくせに方向音痴か?」
 いささか関係ないことと自覚しつつそんなことを言って、八戒と顔を見合す。暗黙の了解で、二人の後を追うことにした。
 先ほどの路地に入るが、二人の姿はない。表通りの喧騒が嘘のような人ひとりいない路地をそのまま進むと、曲がり角にぶつかった。ひょいと覗いて――。
「!」
「!!」
 八戒と二人、慌てて口を塞いだ。叫ばなかったことを誉めてやりたい。
 三蔵と悟空はそこにいた。
 ただいた、だけでなく――。
 少しかがんだ三蔵の金の髪が悟空にかかっていた。悟空は、三蔵の法衣の胸元を掴んで少し背伸びするような格好をしている。その顔は上を向いて、目は閉じられて……。
 キスをしていた。
 あまりの衝撃に頭が白くなった。
 あの最高僧さまと小猿ちゃんが。嘘だろ……。
 と、人の気配に気付いたのか、ふっと紫の目がこちらを見た。揶揄するような面白そうな色が浮かんだ。
「…ん、ふっ」
 一瞬離れた悟空の口から鼻にぬけるような甘い声が漏れた。それから、さらに唇が深く重なった。法衣を掴む悟空の手がすがるようにますますきつく握られ、力が抜けそうな背中に三蔵の手が支えるように回った。
 回れ右をして、一目散に逃げ出した。
 どこをどうやって帰ってきたのかわからないが、気がついたら宿屋に戻っていた。八戒と二人、大きなため息をつく。
「……びっくりしました」
 普段、物事に動じない八戒がポツリと言う。
「俺も」
「なんか、見る目が変わっちゃいそうですね」
 その言葉に頷く。
 微笑ましい親子関係だとばかり思っていたのに。
 そりゃ、まぁ、それだけじゃないのは薄々感じていたが。特に悟空が三蔵に向ける視線には、それ以上のものがこもっているのには気付いていたが。
 いつの間にあんな……。
「あの生臭ボーズ、俺たちに気付いてたな」
「牽制、でしょうかね」
 こちらに向けた紫の目。深く口づけたあの行為。
 もう何にも言えなくなって、八戒と二人、部屋の真ん中で肩を落として俯いた。
 えも言えぬ脱力感だけが残った。

 飼い主。それとも、保護者? それとも……。