6. 勝手にしろっ!


 宿屋の一室。買出しの荷物を置いた悟空は、長椅子に陣取って新聞を読んでいる三蔵のところにまっすぐ向かった。後ろから肩に手をかけて、新聞を覗き込む。
「重い。離れろ」
 三蔵が不機嫌そうな声をあげた。
「いいじゃん。別に」
 そう言って、悟空はますます体重をかけた。まるで、おんぶをねだっている子供のようだ。
「ウザイんだよ」
「ウザクないもん」
 悟空は三蔵の肩から手を離して、後ろから抱きつくように三蔵の首の前で交差させた。それから、首筋に顔を埋めようとして――。
 スパーン。
 ハリセンが振り下ろされた。
「いってぇ」
 しつこい悟空にイラついていたのか、いつもよりもその衝撃は強く、悟空は反射的に頭を押さえて三蔵から離れた。三蔵は振り向きもせず、また新聞を読み始める。
「なんだよ、三蔵のバカ。ケチ」
 その様子に自分のことなど関心がないのだと言われたような気になる。
「タレ目、ハゲ、生臭ボーズ」
「……いい度胸だ」
 次々と悪口雑言と並べる悟空に、三蔵がようやく振り返った。三蔵の目に不貞腐れたような悟空が映った。
「李厘は良くて、俺は駄目なのか?」
 その表情のまま悟空が言う。三蔵は悟空の言葉の意味がわからず、少し眉をひそめた。
「ずっと、李厘に構っていたクセに」
 そう言われて、三蔵は昼間のことを思い出し、苦虫を噛み潰したような表情になった。
 昼間、また「三蔵一行、覚悟しろ」とか何とか言って李厘が現れ、纏わりついてきたのだ。
「李厘なら良いのか?」
 言い募る悟空に三蔵は何か言おうとしたが、途中でやめた。
 別に構っていたつもりはない。面倒だから放っておいただけだ。
 だが、そんな言い訳じみたことを拗ねている悟空に説明するのはそれこそ面倒だった。
「いいもん。もう、三蔵なんて知らない。俺、紅孩児のトコに行くから」
 ぷいっと横を向いて、悟空が言った。
「紅孩児なら、ハリセンでぶっ叩くこともないだろうし」
 なんだが本当に何もかも面倒になって、三蔵はため息をつくと言った。
「勝手にしろ」
 その言葉に悟空が凍りついた。
 必要ない。もう、お前なんかいらない。
 悟空の頭の中をそんな言葉が渦巻いた。
「……ったく」
 一切の動きを止めて、ただ涙を流す悟空に三蔵は額を押さえた。そして、長椅子の上で体をずらすと、空いたスペースを悟空に指し示した。
「来い」
 悟空は言われるまま、三蔵の隣に腰を降ろした。
「言って後悔するなら、最初から言うな」
「だって、三蔵が……」
 三蔵は、涙声で訴える悟空の頭を抱え、自分の肩にもたれかからせた。
「これでいいんだろ」
「ん……」
 悟空はまだ小さくしゃくりをあげながら、目を閉じた。三蔵は、何事もなかったかのように、また新聞に視線を戻した。

「僕達がいるの、完全に忘れてますね」
「ったく、あの親子は」
 部屋の片隅で、八戒と悟浄が小さく囁き合った。
 今日の宿は四人部屋。当然、悟空と一緒に買出しから帰った八戒と悟浄も同じところにいるというわけで……。
 普段ならば口を挟んで混ぜ返すところだが、いつもとは違ってすがりつくように必死な目をしている悟空に、何も言えなかった。ちょっとハラハラとしながら見守っていたが、結局、静かになってしまった二人の様子に、なぜか甘いと感じるのは気のせいだろうか。
「なんだかなぁ」
「えぇ」
 二人は、さっき、三蔵が言っていた言葉をそのまま投げつけたい気分になった。
 勝手にしろっ!