11. 言語道断
鬱蒼とした森の中。木々が重なりあって見通しが悪い。崖の上にあった木に飛竜が繋がれていたから、この辺にいるのは間違いないのだが……。
「あのバカ娘」
悪態をつく。
一人で出歩くのは危ないとあれ程言って聞かせたのに。この間、あのマッドサイエンティストに酷い目に合わされたのを忘れたわけではないだろうに。
おおかた、この辺に三蔵一行がいるという情報をどこかで聞いたのだろう。
何故だがわからないが、あいつらには懐いている。特に三蔵に。まったく敵だという認識はあるのだろうか。
「あれ? 紅孩児」
ザッという音ともに木の陰から人影が飛び出してきた。
「ってことは、こいつら、お前の刺客?」
続いて追ってきた男の拳を事も無げにかわして地面に打ち倒すと、その人物はこちらを向いた。
悟空だ。
よく見ると周囲におびただしい数の妖怪が倒れていた。だが、悟空は息も乱していない。腕にかすり傷程度の切り傷を作っているほかは、さしたる怪我もしていないようだ。
「ゲロ弱。量じゃなくてもっと質を良くしろよな」
「そんなヤツらは知らん」
ムッとしつつ答える。こんな風に数で攻めても無駄死にさせるだけだ。どうしてそれがわからないのだろう。
「お前の手下じゃないのか?」
悟空が大きな金目をさらに大きくして聞いてきた。その様子は無邪気そのものだ。頭が痛くなってきた。
ったく、ここにも敵を敵と思わないヤツがいる。
「くどい」
「じゃあ何でお前、ここにいるんだ?」
「……李厘」
「へ?」
「お前、李厘を見なかったか?」
気は進まないが、この際、聞いた方が早いかもしれない。
「李厘? 今日は見てねぇよ」
悟空は思い返すような仕草を見せてからそう言った。それから、ふっと寂しげな笑みを浮かべた。
「いいなぁ。李厘は。ちゃんと捜しにきてくれるんだ」
そう言って俯く。
「俺がいなくなっても、きっと捜しにはきてくれないだろうな」
ひっそりとした呟き。何だかその様子は弱々しく儚げで、まるで雨にうたれる花のようだ。
「悟空、お前……」
こんな表情ができるなんて、普段との差が大きすぎて、頭が混乱する。
思わず手を伸ばした。肩において、引き寄せようとして――。
そのまま、動きをとめた。
首筋に、耳の後ろのあたりに、普段は髪の毛で隠れている場所に、赤い痣があった。
それが目に飛び込んできた。
意外にも白い肌に残る赤い痣。それは……。
「何してるんだ、バカ猿」
と、突然、声がした。振り向くと、思い切り不機嫌そうな顔の三蔵が立っていた。
「さんぞっ!」
悟空は顔を輝かせ、三蔵の方にと駆け寄って行った。
「捜しに来てくれたのか?」
「んなわけあるか」
素っ気ない三蔵の言葉に悟空が頬を膨らます。まるで、ご主人さまとそれにじゃれつく仔犬だ。
だが、あの赤い痣。あんなものをつけるのは――。
紫暗の瞳がこちらをちらりと見た。不機嫌そうな顔はそのままだったが、なぜか笑ったような気がした。
「ドジ」
それから三蔵は悟空の腕を見ると、短くそう言った。
「あぁ。でも、すぐ治るって」
腕を持ち上げて自分で切り傷を見ながら悟空が言う。と、その腕を三蔵が掴んだ。
「三蔵?」
そして、三蔵が傷口に顔を近づけた。
「さ、さんぞっ! 何して……?!」
悟空が悲鳴にも似た声をあげた。
三蔵の舌が悟空の傷口を辿る。それから唇を寄せた。くちゅり、という音がした。
「やっ! さんぞっ!」
同時にほとんど甘い、といってもいいような声があがる。それを聞いて三蔵は、今度ははっきりとわかる笑みを浮かべた。
「さんぞーのバカ!」
振りほどくようにして腕を取り戻した悟空は、金色の目に涙を滲ませ、バタバタと走り去っていった。
それを心なしか楽しげに見送り、三蔵は何事もなかったかのように、こちらには目もくれず同じ方向にと歩み去っていった。
呆然とその場に立ちつくし、しばらくしてやっと思考が戻ってくると、怒りのようなものが湧きあがってきた。
あいつ、わざと聞かせやがった。あの声――。
先程の皮肉めいた笑顔を思い出す。
なんてヤツだ。
言語道断。
思わず拳を握り締めた。