13. 気紛れな太陽


「なぁ、三蔵のドコが良かったわけ?」
 西へ向かう旅の途中の宿屋の食堂で、三蔵と八戒が地図を持って明日のルートを宿屋の親父に確認しに行っているときに、悟浄が唐突に聞いてきた。
「へ?」
「だから、お前ら、付き合っているんだろ?」
「!」
 いきなり、思いも寄らないことを言われて、飲んでいたお茶を噴き出した。悟浄は身を仰け反らせて避けた。
「あー、もう、汚いなぁ」
「ご、ごほっ! じょ……、な、に……ごほ、ごほ……」
 咳き込みながら言う。苦しくて、涙が出てきた。
 二、三度、深呼吸して息を整える。
 あー、びっくりした。いきなりヘンなコト、言うなよ。
 涙目のまま、そんな思いを込めて睨みつけたが、悟浄はどこ吹く風といった感じで言葉を続ける。どうやら話題を変える気はないようだ。
「ばれてないと思っていたの、小猿ちゃん? ま、それはともかく、本当に三蔵のドコがいいわけ?」
「ドコって……」
「口は悪いわ、自己中だわ、すぐに銃はぶっ放すわ、何かってゆーと人を下僕扱いにするわ」
 う……。全部、本当で言い返せない。
「あーんな生臭坊主のドコがいいのか、常々気になっていたんだよな」
 そんなこと、気にならなくてもいいっ!
 そう思ったが、悟浄はじっとこちらをみつめて答えを待っている。
「……良いところもあるよ」
「例えば?」
「例えば……」
 考える。
「顔、とか?」
 言った途端、悟浄が笑い出した。
 ――そんなに大笑いすることないだろうが。
「顔、ですって、三蔵サマ」
 笑いながら悟浄が言った。その台詞にびっくりして振り向くと、いつの間に戻ってきたのか、三蔵と八戒が後ろに立っていた。
 八戒は困ったような顔をしていたが、三蔵はいつものごとく仏頂面だ。
「明日は山越えの方のルートをとることにした。朝、早くに出るから、そのつもりでいろ」
 何事もなかったかのように三蔵はそう言うと、くるりと向きを変え、スタスタと歩み去っていく。
「三蔵っ!」
 呼びかけるが、その足は止まらない。
「三蔵、待って!」
 慌てて立ち上がって後を追った。
 
「さんぞ……」
 部屋で新聞を広げている三蔵に、恐る恐る声をかけた。
 不機嫌そうな顔はいつものことだが、でも、今は本当に機嫌が悪い。こういうときはとても悲しくなる。
「お前の部屋は隣だろうが。邪魔をするな」
 そっけなく三蔵が言う。
 今日の部屋割りは三蔵と八戒、悟浄と俺。
「でも……」
 近寄っていく。だが、三蔵は新聞から顔をあげもしない。もう、俺の存在など綺麗さっぱり消している。泣きたくなってきた。
 さっきの答えが気に入らないのはわかっていた。
 だけど。
「言いたくなかったんだもん……」
 ぽつりと呟く。
「怖い夢を見たときに抱きしめてくれるとか、嫌なことがあった時に頭を撫でてくれるとか、時々凄く優しいとか……」
 俯く。
「全部、俺しか知らないことだから、教えたくなかった」
 でも、こんな風に三蔵の機嫌を損ねるつもりはなかった。
「泣くな」
 腕をとられて引き寄せられた。三蔵の腕の中だ、と思った途端、優しいキスが降ってきた。目尻から頬に、そして唇に。羽のような軽いキス。
 柔らかいキスは、ふわふわと気持ち良くて、大事にされている気分になる。
「こういうのも、好き……」
 そっと閉じていた目を開けて、三蔵を見上げて言う。
 間近にある三蔵の顔。凄く、綺麗。
「あのね、顔が好きっていうのも、本当だよ。だって、綺麗。本当に、綺麗……」
 その綺麗な顔がまた近づいてきた。
「さん……ぞ……」
 キスをしながら、三蔵の手が服の内側に入りこんできた。
「ダメ……、今日の部屋割り……」
「関係ない」
 三蔵の唇が耳朶に触れた。
「悟空……」
 甘い囁き声は、労せずして抵抗する術を奪う。
 そうして、深く口づけられれば。
 もう、何もわからなくなる――。

 三蔵の機嫌ひとつで、嬉しくなったり、悲しくなったり。
 まるで、気まぐれな太陽に翻弄されているよう。
 でも、それでも、その輝きから離れられない。離れたくない。
 大好きな金色の光。
 ずっと、ずっと、一緒に――。