15. 二度と言わせるな
声が聞こえた。
名前を呼ぶ声。何度も、何度も、名前だけを繰り返して、必死で呼ぶ声が。
足を速める。
眠れずに彷徨い歩き、崖の中腹で月を眺めていたら、突然、悟空が現れた。
何を考えたのか。珍しくも積極的に誘ってきた。とても不安げな表情で。
その不安を消したかった。
やがて、意識を手離してしまった悟空を法衣でくるんで地面に横たえ、後始末のために水とタオルを取り行った。
そして、戻ってみると、この声。
どうやら、目を覚ましたらしい。
拾ってきたばかりの頃、こんな風に呼ばれたことが何度もあった。
夜の闇の中に一人取り残されるようだと言って。
「三蔵ぉっ!」
絶叫のように声が響き渡った。
「……煩せぇよ、お前」
そんな風に呼ばなくても、頭の中に響く『コエ』。それだけで、無視はできないというのに。
「三蔵っ!」
いきなり悟空が飛びついてきた。
「お前、そんな格好のままで――」
くるんでやった法衣はどこにやったのか。
「どこ、行ってたの? 夢かと……三蔵がいないんじゃないかと……」
ぎゅっと抱きついてくる。まるで、本当に存在しているのだと確かめるように。その手の強さに、不安な気持ちが直接伝わってくる。
「後始末。しとかないと、ツライのはお前の方だろうが」
目を覚ますまで、そばにいるべきだったろうか。そんな罪悪感にも似た感情が浮かんできた。
「まだ、置いていかれるとか、捨てられるとか思っているのか?」
拾ってきてから、もう随分経つというのに。何度も置いていかないと言っているのに。
未だにそんなことを不安に思うのだろうか。
「だって、三蔵は何も言ってくれない」
「置いていかねぇと、何度も言っているじゃないか」
「違う。そうじゃなくて」
見上げてくる、泣き出しそうな金色の瞳。
その目を見ているうちに、不意に悟空がもとめているものがわかったような気がした。
それはたぶんコトバ。確かな裏づけ。
「……ごめん、何でもない」
悟空が顔を伏せた。
その様子は悲しげで儚げで、何もかも諦めているかのようで、胸をつかれた。
誰よりもそばに置いているのだから、わかっているのかと思っていた。
だが、ずっとこんな想いをさせてきたというのだろうか。
「悟空」
名前を呼んで、耳元に口を寄せて囁いた。
「さ……んぞ……?」
悟空の目が大きく見開かれた。そして、涙が溢れ出してきた。
その様子に、本当にわかっていなかったのだと思った。
どうして、わからないのだろうか。
やっと手に入れたこの存在。手離すことなど、できるわけはないのに。
「コトバにしなければわからないか」
腕の中に閉じ込めて、そっと目尻に口づけた。溢れ出す涙をとめるように。
それから、何度も柔らかいキスを落としていく。
こんな風に優しくしたいと思うのも、逆に壊してしまいたいと思うのも、お前しかいないというのに。
「二度と言わせるな」
そう囁いて、深く口づけた。