17. 有罪ときどき無罪


「おい、猿、メシだ」
 扉を開けると、ベッドの上で枕を抱え、三蔵に背を向けている悟空の姿があった。
「食わないのか」
 三蔵はベッドの横の小卓にお盆を置いた。お盆の上には所狭しと皿が並び、いい匂いをたてていた。普段の悟空であれば、それだけで満面の笑顔になって振り返るはずだが、今は頑なに背を向けたままだった。
 三蔵はそんな悟空の様子を気にかける風でもなく、悟空のいるベッドに腰かけた。
「悟空」
 そして、低い声で名を呼んだ。悟空の肩がピクッと震えた。
 どんなに無視しようとしても、名前を呼ばれると反応してしまう。
 三蔵は薄笑いを浮かべ、ベッドを軋ませて悟空に近寄った。そして、耳元で甘く囁くように言う。
「出発は明日にした。ツライのならばこのまま寝ててもいいぞ」
 パッと顔を真っ赤にして悟空が振り返った。
「誰のせいだよ、誰の!」
 そう言う声が掠れていた。悟空は喉を押さえた。
「無理をするな。昨日、散々いい声で啼いていたからな」
 さらに顔を赤くして、悟空は枕を三蔵に投げつけた。三蔵はなんなくそれを避けた。
 はだけた夜着の胸元に、昨日つけた赤い花が無数に散っていた。三蔵を睨みつけるその金の眼には昨日の名残か、艶めいた色が浮かんでいる。
 三蔵は手を伸ばして、悟空の頬に触れた。
「ヤダ」
 悟空は両手で三蔵を押し返すと、顔を背けた。
「怒っているのか」
 悟空は、押し黙ったままだ。
 確かに昨夜はちょっとタガが外れてしまったかもしれない。このところ野宿続きで、ちゃんとした宿屋に泊まれたのは久しぶりだったから。とはいえ……。
「無理矢理した覚えはないが」
 悟空は顔をあげて、無言のまま三蔵を睨みつけた。三蔵はふっと苦笑めいたものを浮かべ、悟空の髪に手を差し入れた。優しく、撫でるように髪の毛を梳いて、指先に絡め、弄ぶ。
「……ズルイ」
 悟空は顔を俯けて、掠れた声のままポツリと言った。
 優しい手の感触に、ふわふわと気持ちよくなって、怒りを忘れてしまう。
 どんなに怒っていても、結局、三蔵には敵わない。
 そう思った瞬間、押されて悟空の体は後ろに倒れた。ポスッとベッドに沈む。そして、視界いっぱいに三蔵の顔。
 綺麗。
 思わず見とれ、それから手を伸ばして三蔵の髪に触れた。先程、三蔵がしたように指に絡めとる。サラサラとした感触が気持ちいい。
 三蔵の綺麗な顔が悟空に近付いてきた。ぼーっとそれを見ていた悟空は、突然、その意味することを悟った。
「ちょ……、さんぞっ!」
 慌てて逃げようとするが、唇が塞がれた。
 無理! 絶対無理!
「う〜〜」
 抗議の声をあげようとするが、儘ならない。仕方がないので代わりに、ポカポカと三蔵の背中を殴った。だが、その勢いはだんだん弱まり、やがて手が力なくベッドに落ちた。

 結局、翌日も出発できなかった。悟空の怒りは想像に難くない。
 だが、有罪ときどき無罪。そうやって、繰り返してゆくだけ。所詮は、お釈迦さまならぬ三蔵さまの手の上なのかもしれなかった。