22. ままならない関係


 その顔は反則だろう。
 目に涙を浮かべ、幾分上目遣いに自分を見ている悟空を見て、三蔵は思った。思わず溜息がもれる。と、金色の瞳が揺らぎ、顔が伏せられた。パタパタと涙が床に落ちていく。
 三蔵は本気で頭を抱えたくなった。
「泣くな」
 とりあえずそう言ってみる。すると、悟空の体が強張った。一生懸命涙を堪えようとしているようだ。くぐもった嗚咽が聞こえてきた。
 ここ一週間ほど、三蔵はほとんど悟空と話をしていなかった。
 少し遠くの寺に招かれて、昨日の夜遅くに帰ってきた。そして、今日は朝から書類の整理で、また明日、出かけなくてはならない。
 いつもならば、寺院にいるときは悟空と一緒に食事をするのだが、書類の決裁をできる日が今日しかなかったため、それもできないでいた。
 夜遅くにようやく書類を片付け終わり、私室に戻ると、悟空が枕を抱えてやってきた。そして、明日からまたいなくなるのだから一緒に寝て欲しいと言った。三蔵が断ると、悟空の目に涙が浮かんだ。
「おい、猿。俺は疲れている。だから、寝るときくらい一人でゆっくりと寝たい」
 三蔵は俯いたままの悟空に噛んで含めるように言って聞かせる。
「お前が邪魔とかいらなくなったとか、そういう話とは無関係だ。わかるな」
 悟空は、何も答えない。たぶん、言葉を発すれば泣き声に変わってしまうので、必死で涙と戦っているのだろう。
 寂しい、と全身で訴えていた。
 三蔵はあきらめたかのように溜息をつくと、悟空を引き寄せた。腕の中に閉じ込めて、柔らかく頭を撫でる。
 悟空は大きく身を震わせ、泣きじゃくりながら三蔵にすがりついてきた。

 傍らで安らかな寝息をたてる養い子を見やって、三蔵は何度目かの溜息をついた。そっとその長い髪をすくいあげ、弄びながら思う。
 こんなにも信用されていなければいいのに、と。
 この子供が、自分に向ける好意が本当に混じり気のない純粋なものだとわかっている。
 どうして、一緒に寝ることを断ったのか。
 その真意は決してわかるまい。
「もう少し警戒してくれた方が、いっそ手も出しやすいんだがな」
 思わず呟き、苦笑する。
「早く大人になれよ」
 三蔵は、指に絡めた髪に唇を寄せた。
 ままならぬ関係は、まだまだしばらく続きそうだった。