27. 抽斗の中の秘密


 深い森。
 一歩、中に踏み出して、絶望的な気分になる。昼間だというのに、密集する木々のせいで薄暗く、低木や下草が生い茂り、普通に歩くのも困難だ。こんな中で、人捜しなんてできるだろうか。しかも、見つける相手はじっとしているわけではない。
「もう、李厘さまは……」
 思わず愚痴を言いそうになって、慌ててとどめる。
 李厘さまのせいではない。
 というか、この事態を引き起こしているのは間違いなく李厘さまだが、少し同情の余地があると思う。
 実験材料にされそうになった李厘さまを心配して、紅孩児さまは李厘さまに私室から出るなと命じた。最初は大人しくしていた李厘さまだったが、息がつまったのだろう。部屋を抜け出した。
 もともと元気の良い方なのだ。部屋に閉じこもっていろという方が無理というもの。
 ふっとため息をつく。
 心配している紅孩児さまと、元気の良すぎる李厘さまと。両方の気持ちがわかるから、こういう場合は本当に複雑だ。
「三蔵のバカ!」
 沈みこんでいきそうな思考を、いきなり元気の良い声が遮った。
 元気の良い、といってもこの声は李厘さまのものではない。少し高い少年の声。
 声のするほうに足を向けた。
「バカ呼ばわりされるようなことはしてないが」
 低く響く、通りのよい声も聞こえてきた。
 大きな木の陰から、様子を窺う。
 彼らだ。
「人前で、あんな……あんなこと、しておいて!」
「あんなこと?」
「腕! いきなり舐めただろっ!」
「あぁ」
 金髪の青年が小柄な少年の手首をとった。そのまま、自分の方に引き寄せ、少年の腕に唇を押しつけた。
「これのことか?」
 もともと少し赤かった少年の顔が、さらに赤く染まる。
 これは――。
 慌てて、腰に手をやる。
「怪我してるから、消毒してやっただけだろうが」
 口だけ開閉して、声が出せないでいる少年を面白そうに見て、青年がもう一方の手を伸ばした。その手が少年の背中に回り――。
「……あのぉ」
「きゃっ!」
 いきなり後ろから声をかけられて、思わず悲鳴をあげる。
「あ、すみません。脅かしちゃいました?」
 振り向くと、にこにこと柔らかな笑みを浮かべる青年がいた。
「八戒さん……」
「何、なさってるんですか?」
 聞かれて、手にしているものを慌てて隠す。
「李厘さまを捜しにきたんですけど、偶然、お二人を見かけたので、ちょっと敵情視察を――」
 そう言って、とりあえず笑顔を作り、じりじりと後ろにさがる。
「見つかってしまっては意味がないんで、これで失礼しますね」
 一礼して、走り出す。
「お気をつけて」
 背中に八戒さんののどかな声が響いた。

 その後、どうにか李厘さまを見つけだし、城に帰った。
 今日はたいへんだった。
 だけど。
 私室に戻ると机の鍵を開け、抽斗の中から写真を取り出した。一枚一枚、見ていく。
 映っているのは、金髪の青年と小柄な少年。
 最初は本当に敵情視察だった。紅孩児さまのため、なんとかあの四人の弱点を見つけようと思って、こっそりと見張っていた。
 だけど、そのうち、あの二人に目がいくようになった。
 そして、あの二人の様子を見るのが楽しみになった。
 だって、なんだか甘い雰囲気なんですもの。
 それは、殺伐した日常のちょっとした潤い。
 写真の束に今日の分を加える。
 今日は、かなり惜しかった。あそこで八戒さんに声をかけられなかったら、決定的な一枚が撮れていたかもしれないのに。
 写真をまた抽斗に戻して鍵をかけた。
 だけど、まぁ、またの機会もあるだろう。なんだがこの頃、あの二人の親密度が増しているみたいだし。
 楽しみ。

 抽斗の中の秘密。
 まだまだ増えそうだった。