31. 伝言ゲーム


「『そんなこと知るか』ですって」
 部屋から出てきた八戒の言葉に、悟浄が溜息をついて別の部屋に入っていく。しばらくして、出てきた悟浄が八戒に告げた。
「『だって、三蔵が悪いんだろ』ってさ」
 しばしの沈黙の後、二人して大きな溜息をついた。
「なぁ、俺達、いつまでこんなことしてなくちゃならないんだ?」
 悟浄は天井を見上げつつ言った。本当に天を仰ぐ、といった心境だ。
「それを僕に聞かないでくださいよ」
 八戒がこめかみを押さえつつ答え、そしてまた、二人は同時に深い溜息をついた。
 西へ向かう途中の宿屋。二人がいるのはその宿屋の廊下。本日は二人部屋が二つ。その部屋をそれぞれ最高僧さまと小猿ちゃんが占拠して閉じこもっていた。どうやら喧嘩をしているらしく、悟浄と八戒は何故か二人が伝言役を仰せつかっていた。
「で、喧嘩の原因ってわかった?」
「さぁ。でもどうせくだらないことだと思いますけど」
「だよなぁ。いい加減にしろって感じだな。それにしても小猿ちゃんはともかく、最高僧サマまでここまで依怙地になるとは」
「あの人、結構子供みたいなトコ、ありますからね」
「それは言えてる」
 笑うところだったが、悟浄はそこで何度目かの溜息をついた。『伝言役』をし始めてから、いったいどのくらいの時間がたったのだろう。本当だったらとっくに出かけて、綺麗なお姉さんと楽しい夜を過ごしているはずだった。
「そろそろ限界ですよね」
 八戒がにっこりと笑いながら言った。
 ――怖えぇ。
 悟浄は本能的に身を引いた。八戒の笑顔はいつにも増して迫力があった。

「ここにしましょう」
落ち着いた雰囲気のあるパーのドアを八戒が開けた。悟浄と二人してカウンターに腰を降ろす。
「あの二人、仲直りしたかな」
 飲み物を注文してから、悟浄が言った。
「さぁ。後は当人同士の問題ですからね」
「それにしても、何て言ったんだ? 三蔵サマ、出てきたはいいけどいつにもまして不機嫌な顔をしてなかったか?」
 八戒が笑顔を浮かべたまま三蔵の部屋に行ってしばらくしてから三蔵が出てきた。そして廊下にいる悟浄を一睨みしてから、悟空の部屋に入っていった。
「悟空が目に涙を溜めながら『俺のこと、嫌いなんだ』と言っていたと」
 八戒の台詞に悟浄が吹き出した。
「それであの三蔵サマが部屋から出てくるとはね」
「俯いてそう言う様があんまり可愛いんで、悟浄の理性も限界っぽいですよと付け加えておきました」
 大笑いしながら、目の前に置かれた飲み物のグラスを取ろうとした悟浄の手が止まった。
「――八戒さん、それって……」
「あぁ、大丈夫ですよ。伝言ゲームの面白いところは言葉が間違って伝わるところですからね」
 いや、そうじゃなくて。
 悟浄は何か言おうと口を開けたが、かなり機嫌が悪いらしく相変わらずの笑顔を浮かべている八戒に何も言えなくなって、カウンターに突っ伏した。

 翌日。悟空がいつにもまして上機嫌だったので、どうやら仲直りはできたらしかった。
 ただこの日以降、悟浄の近くを、銃の弾が『ついうっかり』通りすぎる回数が、増えたとか増えないとか……。