34. 橙色の紙飛行機


 西へ向かう途中の宿屋。三蔵が一服して部屋に戻ると、床一面に散らばった紙の中に悟空がいた。
 今日は二人部屋で、部屋割りは、三蔵と悟空、八戒と悟浄。どこも満室で、やっととれた宿屋だったが、全室禁煙。吸うなら外で、とコワイ顔をした女主人に言われた。このところずっと野宿続きでなければ、遠慮したいところだった。
 というわけで、三蔵の機嫌はちょっと悪かった。いきなりスタスタと悟空に歩み寄るとモノも言わずにハリセンを叩き落とした。
「いってぇ〜〜。イキナリなにするんだよ、暴力タレ目!」
 頭を押さえて悟空が言った。
「散らかしてんじゃねーよ」
「紙飛行機、作ろうとしてたんだよ」
「紙飛行機?」
 よく見れば、それらしき残骸が散らばっている。
「宿の子供に教えてもらったんだけど、どーしても上手く飛ばなくて」
「……不器用」
「何?!」
 むきーっと本当の猿みたいに悟空が怒る。
「貸してみろ」
 三蔵は悟空から紙を取り上げると、ベッドに座り、綺麗な長い指を使って紙飛行機を折った。すっと飛ばすと、部屋の反対側まで飛んでいって、壁に当たって落ちた。
「すっげぇ。三蔵」
 悟空が尊敬の目で三蔵を見上げた。
 こういうところはまだまだガキだと三蔵は思った。
「お師匠さま直伝だからな」
 優しく微笑む顔が浮かぶ。追憶からふっと現実に返ると、悟空が真剣な表情をしてこちらを見ていた。
「三蔵は、お師匠さまがとても大切なんだね」
 三蔵は答えない。答えは決まっているからだ。
「俺じゃ、代わりにはなれない?」
 静かに悟空が言った。最近、二人きりの時によくするようになった大人びた表情を浮かべている。
「無理」
 三蔵は一言で答えた。悟空の顔がみるみる歪む。少し胸が痛んだ。
 決してこんな表情をさせたくて言った言葉ではなかった。
 自分の一言で、簡単に悟空を傷つけることができる。今さらながらに思い知る真実。
 そして自分に向けられた幼いながらも真剣な想い。
 今、先程の言葉の真意を説明すれば、悟空は笑顔に戻るだろう。
 だが……。
「もう一服してくる」
 三蔵は、そう言ってベッドから立ち上がると、部屋を出た。
 扉を閉めて、部屋の外で大きく息を吐き出した。
「お師匠さまの代わりなんていねぇよ。悟空、お前の代わりがいないように」
 小さく、部屋の主には聞こえないように呟く。
 いつからあの子供は自分にとって特別な存在になってしまったのだろう。
 自分にはまったくないものを持つ子供。
 互いに相反する色だからこそ、お互いの持ち味を引き立てあう――。
 青い空に吸い込まれるように飛んでいった橙色の紙飛行機。
 あのとき、そうお師匠さまは言った。
 青と橙。紫と金。
 だからこそ、惹かれるのか。
 だが、何一つ、執着しないと誓った。己のためだけに生きると。
 三蔵は、何かを断ち切るかのように、静かにその場を歩み去った。